monologue : Same Old Story.

Same Old Story

モデルファミリー

『弊社の提供する快適な住空間は、まさに理想の家族と過ごすのに最適といえるでしょう。そう、たとえば』

何度も何度も聞いて耳の奥に染みついた文言が、今日もまた何度も何度も繰り返される。妙に張りのある低い男性の声で、威圧感の少し手前の説得力、とでもいうのだろうか。そういわれればそうだと思わざるを得ないような、力強く重みのある売り文句。

「やあ、おはよう。今日もいい天気だね」
「いってらっしゃい、あなた」

生活感を匂わせない小綺麗で整った部屋で、僕は目を覚まし、妻に挨拶をして、食事を摂り、仕事へ出かける。ところどころであの低い男性の声が僕らの生活を解説し、僕ら夫婦の生活がいかに理想的で素晴らしいものかを伝え、それにこの住宅が大きく貢献していることをアピールする。

「いってくるよ。帰りは遅くなるかも知れないが……いや、早く帰ってこよう」
「そうね、二人で食べる素敵な夕食の献立を考えておくわ」

僕らは僕らで、台本に記された文言を不自然さのかけらもなく日常に溶け込ませる。この住宅に住むことで、人生のほとんどが前向きに動いていることを、僕らを目にする顧客に伝えるために。

「ありがとう、楽しみにしてるよ」

モデルハウスに住む僕ら、夫婦はモデルファミリーと呼ばれた。もちろん、雇用主である住宅会社の連中にだけだけれど。任期契約でこの家に住み、夫婦として暮らし、モデルハウスがいかに素晴らしいものかをアピールするために、リアルタイムで生活させようというコンセプトなのだ。

「私も楽しみにしてるわ」

もちろんその生活は台本に書かれたもので、円満な夫婦関係もただの肩書でしかない。僕は彼女のことをこの仕事以外では何も知らないし、彼女も僕のことは何も知らない。

『業務連絡。これより定時メンテナンスに入ります』

この放送が入ると、これから一時間のあいだ、モデルハウスには見物客が入れないことになる。僕らはそのあいだ息抜きをして、次の来客に備える。途端に二人には会話も何もなくなり、さっきまでの輝くような笑顔も妻としての献身も消え失せ、強制的に一緒に生活させられている異性に対しての、小さく積み重なった不満がため息として表れたりするのだ。

「……今日は、さ」
「……何?」

わざと返答を遅らせてすらいるような彼女。

「なんだか、お客さん少ないね」
「……そうね」
「本当は、わくわくするんだろうな。こういうモデルハウス見に来るのってさ」
「どうかしら」
「もうこっちは慣れちゃってわかんないけど、新築の家なんて一生に何度も買うものじゃないよね。こんな綺麗な状態で住み続けるなんて難しいだろうけど」
「いいじゃない、あなたは今住んでるんだから」

苛立ちのような警戒のような、彼女の語気はどことなく刺々しい。

「仮住まいっていうか、家事も何もスタッフが全部やっててさ。生活っていうよりは演技っていう感じだし、別に君とも夫婦じゃないし……」
「……だから、何?」
「……いや、思われてるより素敵なものじゃないんだよ、って……」
「そんなこと客に感じ取らせたら商売あがったりでしょう。私だってあなただって給料をもらってここに住んで、素敵な夫婦を演じてるんだから」

そう、いわば、夢を売っている。

「……まあ」
「何なのよ」

いつまでも新築の匂いが抜けない家で、お互いを知らない夫婦が、偽りの生活をずっと続けている。

「……あのさ」
「ちょっと息抜きさせてよ」

仕事のうえで僕の妻であり続けることに、彼女は疲れたような素振りを見せる。

「……僕ら」
「……何」
「本当に、夫婦になってみたらどうかなって」

しばらくの沈黙、堰を切ったように、これまで聞いたことのないような抑揚で、彼女が繰り返し言葉を投げかける。

「え、ちょっと何言ってるの。私もあなたも仕事の、お金のためにこれやってるのよ。お互い本当の夫婦なんかじゃないのよ。契約が切れたら別の仕事探すし、そんなのあなただって同じでしょう。仕事だからここに住んでるんで、別にあなたがいるからとか、私がいるからとかじゃないでしょう。だって、私たち、本当に他人なのよ」
「そんなの、誰だって最初はそうじゃないか」
「だって、仕事でしかあなたのこと知らないもの。仕事でしかあなたに優しいこと言わないもの。それで夫婦になってみるなんておかしなことでしょう。だって、明日にはもうお別れして、別々に住むかも知れないのよ。これからずっと一緒だなんていう保証なんてどこにもないし、死ぬまで一緒になんて約束、したって守れっこないかも知れないじゃない」
「そんなの、どこの夫婦だってそうじゃないか」

言うだけ言って彼女は少し黙り、考えながら少しずつまた話す。

「まあ、これくらいの家を買ってくれる人となら、そういう生活のことを、考えてもいいけど」

偽りの生活を続けたこの家のことを、商品価値を、誰よりも知っている僕ら、彼女がいうその言葉は、僕にしか通じないサインのようなものでもあった。

「うん、そうだね」
「……じゃ、そういうことで、考えておいて」

アナウンスが入る。

『業務連絡。これにて定時メンテナンスを終了します』

そしてまた、僕らの仕事が始まる。

Fin.

Information

Copyright © 2001-2014 Isomura, All rights reserved.