Other Stories
三つめの感触 : 3/5
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翌日、彼は優子と喫茶店で待ち合わせをした。彼女とこういう場所に来るのは随分と久しぶりだったが、彼女を部屋に上げる気にはなれなかった。
「あれ、もう来てたんだ。珍しいね、こういうとこに誘ってくれるなんて」
彼女は三十秒の遅刻もせずに現れた。
「今日はどうしたの? いつもならおしゃべりだって二人っきりなのにさ」
「……ん、別に。たまにはこういう所に来るのもいいかなって」
思ってもいない言葉が出てきた。確かにこの喫茶店は、恋人が二人っきりでおしゃべり、などという雰囲気には程遠かった。見渡せば、小学生くらいの子供が騒いでいる。仕事に疲れたサラリーマンが休憩をとっている。ロマンの欠片もない、生活感が溢れ返る様な場所だった。
「最近勉強の調子はどう? ちゃんと講義出てるの? あ、ホットコーヒーひとつ」
ウェイトレスに素早く注文を出しながら彼女は会話を始めた。
「ああ、一応は出てるよ……卒業はできるようにしないと」
彼女はクスッと笑ってみせた。一昨日の事から会話を切り出されなかったのは、多少有り難い気がした。
「私も頑張ってはいるかな……先週からはそう巧くもいってないけどね」
「……? 先週何かあったっけ?」
「あれ、私言ってなかったっけ。姉さんが帰って来てるんだ、家に」
「へぇ、お姉さんの事も始めて聞いた気がするな」
「もう大変なんだから……飲みに行って朝帰りしてまた夜中に出歩くわ、高校時代の写真は引っ張り出して散らかすわで」
"高校時代" という言葉に胸が高鳴った。……今なら聞けるんじゃないか、写真の男の事を。きっと自然な流れに聞こえるだろう。両手をにぎりしめ、京介は膝に力を入れた。
「あのさ、何て言ったかな……その」
優子は真剣な眼差しを向けている。何となく直視できずに視線を落とした。
「えっと……昔の彼氏。……江崎、だっけ?」
「……何なのよ、もう、そんな昔の事なんか引っ張り出して」
少しだけ目線を上げた。優子はうつむき気味にコーヒーを飲んでいる。コーヒーの熱さのせいなのか、頬が少し赤らんでいる。改めて思えば自然な事ではなかったのか? 昔の恋人の話なんかを持ち出されて恥ずかしく思うのは。増してや非常に純粋な彼女の事だ……そう思うのが普通のはずだった。
だが、京介にはその反応が普通には見えなかった。そして、許せなかった。
「昔の事なのか、って話だよ」
「……ちょっと、どういう意味よ、それ」
途端に彼女の表情が険しくなった。
「そういう意味だよ」
「私が浮気でもしてる、って言いたいの?」
思惑をずばり当てられて戸惑ったが、京介は彼女をじっと見据えた。
「…………」
「どうしてそういう事言うの……? どうして私が……」
京介は彼女を部屋に上げなかった事を後悔した。まさかこんな所で彼女が泣き出すとは思いもしなかったからだ。
「……私、わた……し……」
「ごめん、言い過ぎた……知り合いがさ、しつこく言うモンだから、気になって……本当、疑って悪かった、ごめん……」
彼女は泣きながら頷いた。どういう意味かは読み取り切ることができなかったが、少しでも早くこの店を出る事にした。
コーヒーは半分以上残っていた。
下手な言い訳をすませて、泣き顔を洗い落とした彼女を家まで送ると、彼女の古い友人に電話をかけた。
「……あ、もしもし? ちょっと聞きたい事があるんだけどさ」