monologue : Other Stories.

Other Stories

三つめの感触 : 5/5

「…………」

彼女は言葉を発さなかった。京介も言葉を見つけられずにいた。

「誰だったんだよ?」

奥から声が聞こえ、男の姿が見えた。おそらく江崎だろう。

「えっと……」

彼女は江崎を気にしながら口を開いた。

「どちら様ですか?」

軽い眩暈。軽い吐き気。なんて言った、今? 京介の中に、恐らく以前より強力な "黒" が蠢いていた。

衝動のままに、右手が触れた物を強く握り締めた。

「ねぇ、聞いてる? 彼に何か用なの? それともアタシに」

鈍い音が彼女の言葉を遮った。彼女はグラリと京介の方に倒れ掛かってきた。生温かいドロリとした液体の感覚が京介の腕を伝わり、江崎の金属バットを伝わり地面へ滴る。そしてそれは、そのまま赤い染みとなった。

京介は感覚の上で認識していた、彼女は間違いなく死んだ。

「おい、誰だったんだよ?……う、うわあああぁぁっ!」

江崎が悲鳴をあげる。

(何だよ、うるせえヤロウだな……? 目に何か入って……何だ、彼女の血か)

京介の感覚は完全に麻痺していた。江崎が悲鳴をあげながら何か取り出した。携帯電話で警察へ通報するつもりらしかった。

「うっ、うっ……早く、早く……こっ、こっちへ来るなぁぁっ」

彼は震える手でボタンを押し、京介を見ると後ずさりをした。

(何だ、近づいてもねぇのに……ああ、これのせいか)

京介は手にしているバットを見つめた。その事が一層江崎の恐怖をあおったらしい。

「や……やめろ、な? な? もうすぐ救急車が来るから」
「何言ってんだ、もう死んでんだぜ?」
「……! あっ、警察ですか、すぐに、すぐに……」

パニックのためか、江崎は舌が回っていない。

「……それは困るんだよ」
「えっ」

恐怖に引きつった江崎の表情をめがけて、京介は渾身の力を込めてバットを振り下ろした。

鈍い音と、鈍い感触が伝わってきた。辺り一面に飛び散った血を見て、京介は呟いた。

「……汚い色してやがる」

その時、開けっ放しのドアの方向に人の気配を感じた。京介が振り向くとそこには、よく知った顔が立っていた。

京介の呼びかけに、彼女は小さく呟いた。

「優子……?」
「……姉さん」
「何だって?」
「あなたなの? あなたが姉さんと江崎さんを殺したの?」

姉さん?……ああ、そういうことか。何てこった。俺は、優子の姉さんを優子だと……。京介に少しだけまともな思考が戻った。

「……俺が殺したのは……君の姉さんだったのか?」
「そうよ、私の双子の姉さん……何て事なの」
「じゃあ……じゃあ、江崎と腕を組んで歩いてたのも……」
「……京介くん」
「ホテルに入って行ったのも君の姉さん……? なんて、なんて事を……」

間違いだったのか。間違いで、恋人の姉を殺しちまったのか。彼を支配していた "黒" いものは消え去り、代わりに後悔が彼を包んだ。うなだれる京介を横目に、優子は大きな声を出して笑った。

「フフフ……アハハハハハハハッ」
「…………?」

気でもふれてしまったかのだろうか。そう思った途端、優子は今までに見たこともないような表情を見せて言った。

「ウフフ……ありがとうね、京介くん」
「何だって?」
「フフフ、状況がわかんないだろうから順を追って説明してあげるわ」
「……状況?」
「そうね……何で姉さんが江崎と一緒に居たかわかるかしら?」
「…………?」
「あらごめんなさい、説明するって言ったわね」

優子は薄ら笑いを浮かべていた。京介の目には彼女の顔が、今までに見たどんな顔よりも残酷に映った。

「わかりやすく言うとねぇ、私、彼を寝取られたのよ……誰にって? この女に決まってるじゃないの……フフフッ」

優子は姉の足を軽く蹴った。

「でね? それで、私決めてたのよ、心の中で。姉さんは許さない、江崎さんも同罪だ……って。それで、何て言うかな、殺すにしても疑われたくないの。だから、京介くんも利用させてもらってたわ。まさか私が人を殺すようには見えなかったでしょう?」
「…………」
「でもまさか、京介くんがここにまで来るなんてね……。……フフッ、昨日、問い詰められた時はどうしようかと思ったわ。早く始末しなきゃ、って時に……私が何でここにいるか、考えた?」
「…………」
「殺しに来てたのよ? 二人を」

何も言葉にならなかった。京介は優子の豹変ぶりに、自分のマヌケさに絶望していた。俺はこの女の見かけにだまされ、オマケに勘違いで殺人まで犯した。なんてマヌケな話だ。

「でも、まあ警察に行って私の事しゃべられても困るわ。京介くんも捕まりたくなんかないでしょう? 手を組みましょう、助けてあげるわ」
「……何だって?」

思いもよらない言葉を浴びせられ、一瞬言葉に詰まる。

「私は完璧な計画を練ってここに来たの。完全犯罪ってヤツかな? アリバイも完璧に偽装できるわ。だから何も心配しなくていいの。計画は多少変更するけど……。共犯者が一人増えるくらいどうって事ないわ」

そう言って彼女は "姉さん" の足を担いだ。京介に背を向けて呟く。

「早くそっちを持って……死体を運ぶの」

京介は、意外なほど冷静でいる自分に感心していた。彼の中を駆け巡った感情は、さっき優子の姉を殺したときと同じものであった。そして、それは江崎を始末したときのものとも同じだった。

京介の体の中からそれを取り出せたのなら、おそらく見たこともない程に "黒" い色をしているのだろう。

「……なんだ、たったそれだけのことか」
「何言ってるの? 早くしてちょうだい。今誰かに見られたらそれまでなんだから」

優子は姉の足を持ったまま、京介に背中を向けたままの状態で言った。

「簡単な話なんだ。俺が思ってたとおりでよかったのさ」
「話はあとにしてちょうだい。計画が台無しになるわ」
「……計画、か」

そう呟くと、狙いを定めてバットを振り下ろした。三つめの感触の後、彼は呟いた。

俺の計画にとってもどうって事はないさ、死体が一つ増えるだけだ。

Fin.

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