1. monologue
  2. Other Stories
  3. 長い長い手紙
  4. 集中治療室の彼女

長い長い手紙

  1. 休暇
  2. 名前のない手紙
  3. 覚えのない旧友
  4. どこかへ
  5. 恩師
  6. 休息
  7. 長い入院
  8. 緊急手術
  9. 祈り
  10. 集中治療室の彼女
  11. 再会
  12. 電話にて

集中治療室の彼女

僕は、何かの作動音で目を覚ました。気がつくとすっかり夕方で、窓のブラインドがオレンジ色を遮断していく最中だった。

「……ここは……! 僕は、どれくらい?」

壁にかかった時計を見ると、僕が時計を見た最後の記憶から四時間は経過していた。

「もう終わってるよな、さすがに」

いくら緊急手術でも、四時間も経てば終わってるんじゃないだろうか。医師だって人間だし、人間の集中力なんてそんなにもたないようにも思えた。

僕は階段をおとなしめに駆け上がると、事務の看護婦に早口で尋ねた。

「あの、本間……手術の……本間千佳子は……」
「本間千佳子さんですか?」
「そう、本間、本間千佳子」

五階まで上がれば息も切れて当然だ。事務の看護婦はさっきとは別の看護婦で、今度はずいぶん細身だった。

「本間さんは、一時間半前に手術を終わって」
「無事だったんですか!? 手術は、成功したんですか!?」
「ええ、無事に手術は終わりました」

そのとき僕は飛び跳ねたいような衝動に駆られて、実際少し跳ねていたかも知れない。とにかく、言葉にならないほどに嬉しかったのは確かだった。

「今、今はどこに……」
「術後の経過を見るために ICU に入ってます」
「ICU って言うと……集中治療室?」
「そうです」
「場所はどこに?」
「一階別館にありますが……面会謝絶ですよ?」

看護婦の言葉は僕をがっかりさせはしたが、それでも僕は ICU に向かうことにした。遠目でも彼女を確認できれば何かわかるかも知れない。あるいは、彼女の無事をこの目で確認したかったのかも知れない。

はやる気持ちを抑えてゆっくり歩く。病院内を走り回って、他の患者にぶつかりでもしたら大事だ。僕は思ったより冷静でいた。

「ICU ……ここかな?」

テレビドラマで見るような、ガラス張りの部屋があった。ガラスの向こうの患者は皆、喉やら口やらに管を入れている。間違いない。

「本間……本間……」

ネームプレートが掲げてあるわけでもないのに、僕は名前をつぶやきながら探していた。

「本間……千佳子……」

やがて彼女を見つけた。

彼女は、とても穏やかな表情で眠っているように見えた。口周りに管を固定されて、当然ながら化粧っ気も何もない顔だったが、きれいだった。真っ白な顔で、笑顔でいるわけでもないのに、とても魅力的だった。その彼女の顔を見たとき、なぜか、僕の目には涙が溢れていた。

「ちょっと、君、ここは関係者以外立ち入り禁止……」

一人の医師が僕を連れ出しに来たようだったが、僕の様子を見て態度は一変した。

「あ、ご家族の方でしたか。失礼しました」
「あ、あの、彼女は」
「ご安心ください、千佳子さんは快復に向かっています」
「ということは……」
「もう数日すれば ICU から出られますし、一週間もすればお話もできるようになるでしょう」

きっと僕の顔はよっぽどの笑顔だったのだろう。医師は満足そうな顔になって、彼女の容態をいろいろと説明してくれた。

彼女の病気の根治療法が確立されたので、手術に踏み切ったこと。昼に発作が起きたので手術を早めたが、経過に問題はないこと。一ヶ月もすれば一人で歩行くらいできるであろうこと。

僕は、ただ黙ってうなずいていた。

その日は大人しく帰ることにした。これ以上ここにいても何ができるわけでもない。毎日、彼女に会いに来よう。そう自分に誓って、僕は中央病院を後にした。

To Be Continued