Other Stories
長い長い手紙 : 5/12
- Teacher
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僕が校門をくぐる頃には陽は傾き、蝉以外の虫も騒がしくなってきていた。
「懐かしいな、この学校も。卒業以来一度も来てないからな」
校門から校舎まで軽く走ると、来賓用の階段を一気に駆け上った。昔は掃除当番のときなんかによくやった遊びだが、それなりに歳を重ねた今となっては、さすがに息が切れた。健康のためのスポーツというものをちょっと真剣に考えた。
「職員室は……玄関から……」
辺りをぐるっと見回す。受験生らしい生徒が何人か集まっていて、扉の前で何かを待っている。
「担任でも待ってるのかな。とりあえずあそこが職員室か」
ゆっくり歩み寄ると、頭上に "職員室" と書かれたプレートを見つけた。薄暗がりとはいえ、僕は今度は視力の矯正というものを少し考えた。
「すみません、どなたか古株の先生はいらっしゃいますか?」
少し考えれば明快なほどに失礼な言葉で扉を開けた。僕を見つけて一番に反応したのは、教頭らしきデスクに座った初老の男だった。しかもその反応はあまりに意外で、あまりにストレートなものだった。
「おい佐伯! 佐伯じゃないのか?」
「え? はあ、一応佐伯と申しますけど」
まさか三十を過ぎて学校職員に敬語を使うとは思ってもみなかった。とにかく彼は僕を知っているようなので、話をしやすくするため愛想笑いを返した。
「おいどうしたんだまた急に! 覚えてるか?」
「えーと、ハイ、その」
「ははっ、本当に覚えてるのか? 三年のときの担任の」
「……ああ、渡辺先生!」
「懐かしいじゃないかおい、こんな老けちまって」
彼は僕の三年時の担任だった。十数年の間にこんなに老け込んで、その分偉い役職についている、ということだろうか。
「どうしたんだまた急に、同級会に出席もしないお前が」
「実はその、ちょっと変な手紙が届いたもので」
手紙、と聞いて、彼は何かに気付いたような表情をみせた。どうやら思い当たるふしがあるらしい。
「ああ申し訳なかった! 忙しさの中で年とってなあ、すっかり忘れてたんだよ」
「……は? 忘れてた?」
「ん? 卒業記念の交流タイムカプセルのことじゃないのか?」
「交流タイムカプセル……」
「ほら、お前たちが私に預けて、何年か後に私が責任を持って発送する、って言った」
「……ああ! あの手紙!」
「いやすまん、本当は卒業の二年後に送るつもりだったんだが……。十二年もかかっちまったわ」
そういうと彼は照れ隠しに笑った。もっとも、ある種の衝撃に見舞われていた僕の目には、彼の表情はほとんど映っていなかったのだけれど。
「お前のところにも届いたか? 同級生からのメッセージみたいなものは」
「……あれって、友達同士で交換するようなものでしたよね?」
「そうだ。思いのほかためになるようなことが書いてあったんじゃないか?」
ようやく思い出した。卒業時の記念ということで、友人などに宛てた手紙を彼に預けてあったんだ。ということは、あの手紙は高校生の池脇千佳子から、高校生の僕へ宛てた手紙だったのか。
「それにしても懐かしいな、本当に何年ぶりだ?」
「その、先生、今でも生徒とは連絡を?」
「ああ、ある程度はとってるが。お前のような筆不精は除いてな」
そう言うと彼はかわいた声で笑った。もうずいぶんと年をとった証拠のようだった。
「池脇……池脇千佳子、どこにいるかわかります?」
その彼に僕は全力で、単純で明快な質問をぶつけた。