monologue : Other Stories.

Other Stories

機械の命 : 6/7

ハジメ、急に出かけなければならなくなった。いつになれば帰れるのかはまだわからない。もっと早くにこのことを説明しておくべきだったな。すまない。家事のことは研究室の第三カプセルのロボットに任せるといい。

また連絡する。身体に気をつけなさい。どこにいても、お前のことを思っているよ。

「……ウソだ」

祖父からの手紙を見て、ハジメは気の抜けたような声を出した。大事な宝物が盗まれてしまったような、そんなときに出す声だった。

「ウソだ、おじいちゃん、なんで? おじいちゃんもいなくなるの?」

手紙をにらみつけてハジメがつぶやく。おじいちゃんも、ともう一度つぶやいて、その場に座り込んでしまった。

「大丈夫だよ。僕がいるし、家事のことだって心配ない」
「……アールディが?」
「おじいちゃんがいなくなっても、僕がいる」
「何も知らないくせに!」

突然立ち上がって僕をにらみつけると、ハジメは大きな声を出した。僕は彼の予想外の行動に、少しだけ驚いて後ずさりした。

「何も知らないじゃないか、僕のことなんて!」
「だってそれはハジメが何も」

何も話さないから、と言いそうになったとき、メモリの奥の記録が蘇った。

" 自分から話し始めるまでは何も聞かないでやって欲しい "

僕のプログラムには含まれていないけれど、僕の中の最優先事項だ。僕は言葉を飲み込んだ。

「僕のこと何も知らないくせに! どうせお前はロボットで……!」
「ハジメ……」

彼が僕を罵る間、僕は何か申し訳ない気持ちになった。規約違反のことをしでかして罰をもらうような、そんな気持ちとは違った。ヒトならきっと "悲しい" と言うのだろう。

「……ごめん」

ハジメは僕に謝って、遠くを見て座り込んだ。そしてしばらくして、いろんなことを話し始めた。

僕が造られる前にあった出来事、そのときの彼の気持ち。半年前に事故があって、両親がいなくなったこと。しばらく塞ぎ込む彼を見て、祖父が僕を造ったこと。その祖父がいなくなった、今の彼の気持ち。

ゆっくり時間をかけて、言葉を選んで話しているようだった。

「……さっきは怒鳴ってごめん、アールディ」
「気にしてないよ」
「もう誰もいなくなって欲しくなかったんだ。でも」

ハジメは僕に歩み寄って、僕の手をとって言った。

「お前はずっと一緒にいてくれるんだよね?急にいなくなったりしないよね?」
「……僕は」

僕はロボットだ。整備を続けて定期的に部品交換をすれば、いつまででも稼動できる。その部品交換が必要な時期も計算済みで、自己制御システムの一部に含まれている。その気になれば、いつまでもハジメの側にいられる。

「……ハジメ、僕は」

ロボットだから、と言うつもりだった。でもなぜか次の言葉は出てこなくて、彼と僕の間に沈黙が生まれた。僕はロボットだから、いつまでも一緒だよ。そう言うつもりだった。

" お前は普通のロボットじゃないのだから "
" プログラムレベルで命令しなかった理由も考えてくれ "

彼の祖父の言葉が頭の中をめぐった。

" 一番良い友達でいてやって欲しいんだ "

僕は自己制御システムの、自律系の一部の回路を切った。警告アラームの音が鳴り響く。ハジメが驚いて僕に尋ねる。

「何の音だい、アールディ? まさか、どこか故障が」
「自律系のシステムをオフにしたんだ。自己制御の一部のシステムを」
「そんなことしたら、お前」
「……自分の故障がわからなくなる。目に見えるくらいの故障でないと」
「それ、おじいちゃんに聞いたことがある。確かロボット協会のチェック項目の……」

ハジメの言ったことは正しい。僕が今切った回路は自分の異常を知るためのシステムでもあり、これがうまく作動しなければ、人間に危害を加える可能性が出てくる。今、その回路を、僕は意図的に切った。

「どうしてお前、そんな……」
「友達だから」

ハジメはあっけにとられていた。

「いつか死ぬかも知れない。突然動かなくなるかも知れない」
「…………」
「それは明日かも知れない。十年後かも知れない。それはもう、今の僕にはわからない」

制御システムの一部を切ったのだから。

「だから、いつまでも一緒にいるのは難しいかも知れない」
「……アールディ」
「でも、だから、いつまでもじゃないから、だから」

辞書ソフトをフル稼働させて言葉を探す。

「だから、今日一日が素晴らしいものになるんだ。そう思わないかい?」
「アールディ、お前……」
「いつか終わりが来るかも知れないけれど、それまでずっと一緒にいよう、ハジメ」

ハジメは少しだけ泣いた。そして、僕の言ったこと(と、回路を切ったこと)を褒めてくれた。少し恥ずかしそうに嬉しいとも言ってくれた。

いつか、終わりが来るかも知れない。でもだからこそ、今日一日が素晴らしくて大切なものになる。それは、明日も明後日も、終わりの来るその日までずっと。だからその素晴らしい日々を、君と一緒に過ごそう。

To be continued

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