monologue : Other Stories.

Other Stories

カウントゲーム : 7/15

Day 2, AM 06:55 Chapter 2; 萩原 綾

「やだ、パンきらしてたんだっけ」

キッチンのテーブルを眺めてつぶやく。いつも朝食に食べる食パンをきらしていることを思い出して、覚めきらない頭と体から力が抜けていく気がした。いつもの習慣、例えば毎日の朝食に必要な食材がひとつ欠けるだけで、その日一日がとてもけだるいものになる。彼女はそう考える人間だった。

「会議が長引くからいけないのよ。あんな学生気分の抜けないプレゼンで引っ張るくらいなら、さっさと切り上げた方がよっぽど好印象だわ」

いかにも不機嫌そうな口調でつぶやき、テレビの電源をつけてチャンネルをニュースに合わせる。

「あら、タイムリー」

ニュースの特集は、新型のコンピュータウィルスの話題だった。メールや特定のアドレスにアクセスすることで PC に侵入するウィルス、その感染力や現在猛威をふるっているウィルスの特徴、など、時系列に沿って紹介しているところだった。

「特集組んでるってことは、新種でも発見されたのかしら」

自分の PC に目をやる。昨晩見たメールのことが自然に頭に浮かぶ。

「……今のうちに駆除しとこうかな」

会社に行くにはまだ時間が早い。いつものパンもないから、何か食べる気にもなれず、朝食どころかコーヒーの準備をする気にもならなかった。五分もあれば、プログラムを走らせておくことくらいはできる。会社から帰る頃には綺麗に駆除されているだろう。

「プログラム実行が終わったら電源落としとくようにしとけば……」

PC を起動してウィルススキャンツールを起動して、検索するドライブを指定……とそこまで作業を進めたとき、メールソフトがメール着信の音を鳴らした。

「……? 新着メール? どこに?」

確かに音は鳴ったが、どこにも新着のメールらしきものはなかった。既読で最も新しいメールが画面に表示される。それは確かに昨晩も読んだメールだった。

「これはゲームです、か……」

それとなく目で追っているうちに、彼女は数値の変化に気付いた。

「54……? 昨日は確か 58 だったはずなのに」

さっきのメール着信音は? メールに仕込まれたプログラムが、勝手に着信音を鳴らしたんだろうか。これがゲームだというなら、警告か何かのつもりで。

「警告? 何の?」

ゲームを勝手に止めてはいけない。このメールは転送しなければいけない。

「……くだらない」

自分が頭の中に浮かべた言葉を、すぐ耳元で誰かがささやいたような気がした。手早くスキャンツールの設定を終えて、身支度を始める。いつまでも PC の前に座り込んでいるわけにもいかない。

「そうよ、帰る頃には綺麗さっぱり」

スーツに身を包み、肩にかけた鞄から鍵を取り出す。ハイヒールにゆっくりと片足づつ差し込み、誰に会っても崩さない笑顔を準備する。くだらないゲームに付き合っていられるほど、現実世界は時間を与えてはくれない。

「行ってきます」

誰もいない部屋に呼びかけ、ハイヒールを鳴らして部屋を出て、外から扉に鍵をかける。かちり、がちゃがちゃ、という戸締りの確認の音を最後に、部屋は静まり返った。

彼女が部屋を出て二時間ほど後、その静寂の中に小さな音が響いた。彼女の愛用する PC の、メッセージダイアログ表示時の音だった。

116,534 ファイルを検索しましたが、ウィルスは発見されませんでした。

やがて検索を終えた PC は、彼女の設定した通り、電源を落として静かになった。

To be continued

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