Other Stories
僕と彼女と
- Actor, Actress
- http://www.junkwork.net/stories/other/025
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
「だからね、私たち、きっと何か誤解があったと思うの」
どうして、こんなことになってしまったのだろう。これと全く同じ文句を、僕は三ヶ月くらい前にも頭に思い浮かべた。
ちょうど今日から三ヶ月前、僕は二年の付き合いの恋人に振られた。一方的な通達だけ下されたような感じで、彼女は言い訳も議論もせずにいなくなった。どうして、こんなことになってしまったのだろう。僕はそう思った。
「私、物凄く後悔してるわ。早合点過ぎたもの」
ちょうど僕が振られて三ヶ月後、彼女は突然復縁を申し出た。三ヶ月間全く音信不通の状態だった彼女が、突然猫なで声で電話なんかよこしたときには、何か悪巧みでもしてるんじゃないかと疑ったほどだ。どうして、こんなことになってしまったのだろう。
「ねえ、聞いてる? 反省してるの。もう一度やり直したいのよ」
ちょうど半月、事態を飲み込むのにそれだけかかった。
僕も彼女もいい歳だし、結婚を期待する両親に、遠まわしに事情を説明するのには骨が折れた。一方的に振られました、原因も不明です、なんて、何もかも正直に話してしまうわけにもいかない。
人生観の違い、つまり結局はこれ一点張りに終始したのだけれど。
「あなたと私、あんなにもうまくいってたじゃない」
怒濤の半月が過ぎて一ヵ月後、街で偶然、古い友人に出くわした。僕の田舎はここから結構な距離にあるので、思いもかけない再会に二人とも大騒ぎした。
それから何度か連絡を取り、食事に出かけたり、映画に出かけたり……それとなく、その同郷の女性と親密になっていった。
「ねえ、聞いてる?」
前の恋人と別れたのはこのためで、僕はもしかしたら彼女と幸せな将来を築く運命だったのか、なんてことも考えたりした。
「聞いてるの?」
そう、今目の前にいる彼女、彼女との別れがことの発端で、僕らは出会って……。
「真剣に聞いてちょうだい。私、あなたとやり直したいの。あなたのことが忘れられないのよ」
どうして、こんなことになってしまったのだろう? 近所の喫茶店に呼び出されて、もう三十分近くになる。
「確かにあなたを振ったけれど、あれからずっと頭から離れなかったの」
「君が、僕のことを?」
「そう、あなたのことを。忘れようとしても忘れられなかった」
周囲の客が、僕らを盗み見る。店員も、雑務に紛れながら僕らを見ている。
「お願い、私は真剣なの。もう一度だけチャンスをちょうだい」
ついに彼女は涙を流し、鞄から手早くハンカチを取り出すと、それで顔の半分くらいを覆って机に突っ伏した。女性店員が僕をにらみつけている気がする。こんなところで女を泣かせるなんて、どういう男なのかしら、とでも思っているだろうか。
「あの、さ」
我ながら弱々しい声。
「じゃあ、ひとつだけ聞きたいんだけど」
彼女が無言で顔を上げ、目だけが僕の顔の方を向く。
「どうして三ヶ月前、あんな台詞を?」
僕がそう口にした瞬間、大きな大きな声が響いた。
「カット、カット!」
客と店員がため息を交えながら僕を見る。またやってしまった。
「おい、これで三回目じゃないか。『三ヶ月前』じゃなくて『五ヶ月前』だろう」
「すみません、ついうっかりしてて……」
監督に平謝りしながら、向かいの席に座った彼女の顔に目をやる。
彼女に一方的に振られたことは克服したものの、まさかそれに類似した脚本で映画を、しかも共演が彼女で、なんて、想像もしていなかった事態だった。ため息をつきながら、彼女が煙草を取り出して火をつける。
「もう、同じ台詞ばっかりでうんざり」
すぐ灰皿に煙草を押し付けながら、小さい声で一言。
「全く、どれだけ恥かかせてくれれば気が済むのかしら」
じりじりと押し潰される火を見ながら、それと自分自身の現状を重ね合わせながら、僕も彼女より小さい声で一言。
「お互い様だよ、全く」
Fin.