monologue : Other Stories.

Other Stories

悲しい気持ち

「今、どこにいるんだよ」
「そんなことあんたに関係ないでしょう」
「そっち行くから」
「来なくていい。来たら殺すわよ」

彼は何も答えなかった。私の言葉が嘘だと思っているのだろう。

「本気よ。私今、拳銃持ってるんだから」

携帯電話を左手に持ち替え、冬の夜に少し冷まされた左頬に、少し温かい携帯電話の液晶画面を押し付けながら、右手に鉄の塊のような拳銃を持ち、構える。手にしっとりと馴染むような、鉄の塊。引き金を、引く。

「ね、ほら。聞こえた? 今、私の向かいにある看板撃ち抜いたのよ」
「……とにかく、そっち行くから。どこにいるかだけ教えろよ」
「四番街。なんとかベーカリーって店の前。暗いし、弾が当たったからもう看板読めないの」
「じっとしてろよ。すぐに行くから」

そこで通話は終わった。光を無くした携帯電話に向かって、私は小さくつぶやいた。

「来たら殺すわよ」

夜の温度が、体に染み入っていくようだった。

冗談に決まってる、僕を殺すなんて。彼女はいつもそうやって、誰かの気を引こうと必死になるのだ。おもちゃか何かの拳銃で僕を殺すだって?

「来なくていい。来たら殺すわよ」

冗談に決まってる。

「ちょっと出かけてくる」
「こんな時間にどこに行くの? まさか、別の女のところじゃないでしょうね」
「すぐ戻るから。たいした用事じゃない」
「そう言って翌朝まで帰ったためしがないじゃない」

下着も身に着けずにベッドから這い出る女のことを頭の隅に追いやり、僕はコートを羽織って部屋を出た。

「四番街っていうと……歩いて十分と少しか」

吐く息が白い。この時期にしてはなかなかの冷え込みようだ。

「風邪でもひかないだろうな」

彼女も僕も、だ。帰ったら一杯飲もうと考えながら、四番街のなんとかベーカリーに向けて、僕はゆっくりと歩き出した。

「知ってるんだから、私」

切れたままの携帯電話に向かって、ぼそぼそとつぶやく。白い息と一緒に、何かが私の体から抜けていっている気がする。

「見たのよ、メモリー。あんたの携帯の。気付いてたかしら? 女の名前がびっしり、そのうち『逢いたい』ってメールをあんたに送ってる女は六人」

指折り数えながら、心の中で六人の女の名前を並べる。

「そう、私も入れて六人。どいつもこいつも頭の足りない、どうしようもない女ばっかりなのよ。そう、私も入れて。本当にどうしようもない」

沿道に座りっぱなしだから余計そうなのか、さっきよりずいぶんと体が冷えてしまった気がする。それとも独り言をつぶやいている間に、やっぱり白い息と一緒に何か温かいものが抜けていってしまったのだろうか。

「六人も囲ってたら、そのうち一人は一年に一度くらい、あんたを殺そうと試みるわよ。今まで偶然にも生き延びてきたのは、きっと運が良かっただけの話なんだから。だから、今ここに来たら、絶対に殺すわ。冗談だとは思わないで」

少し強い口調で指差しながら話しても、携帯電話は何も言わない。当たり前だ。

「バカみたい」

唯一私を照らす光、街灯が、私の吐いた白い息でゆらゆら揺れて見えた。

「……ここでもないか」

四番街には、パン屋が三つ。そのうち二つを訪れたが、どちらも看板は壊れていなかったし、彼女の姿も見当たらなかった。

「それとも、全部嘘かな」

もしかしたら彼女は四番街のどこにもいなくて、僕をここにおびき出しておいて実は暖かい部屋にいて、こっそり僕のことを笑っているとか。そう考えてもここにやってきたのは、そうしなければ彼女との仲はどうしようもなくなってしまう、と考えたからだけど。

「そうなんだ。彼女だって僕との関係が嫌になったわけじゃないだろう。気を引きたいだけなんだ。僕が、もっと彼女を構うように」

たまにはこういう無茶な要求に応じてもいい。たまには。何度も続くようならそれは考え物だけど、彼女が僕を試そうという機会は、少なすぎないくらいがちょうどいいのだ。

「自分からアピールなんて余計に嘘くさいからな」

最後のパン屋へ向かう道を歩きながら、僕はだいたいそんなようなことを三回くらい考えた。間違ってない、僕の行動は。彼女がどこか別の場所にいたとして、僕が彼女を探して一生懸命歩き回ったことを彼女に伝えれば、悪い気はしないだろう。

「そこにいたら、それはそれで解決なんだけど」

最後のパン屋へ向かう道の、最後の曲がり角を曲がる。そこには彼女が立っていて、僕に照準を定めた拳銃を構えていた。

「バカ。本当に、私もあんたもバカよ。どうしてここに来るのよ……私、言ったじゃない」

涙は彼の頬に落ちたが、おとぎ話のような奇跡は起きなかった。

Fin.

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