monologue : Same Old Story.

Same Old Story

フック船長の物語

三年前、一人息子を亡くした。私と夫が口論している間に、自宅の屋上から飛び降りた。すっかり寝ているものだと思ったのに、聞いていたのだろうか。

私と夫は、その事を合図にするかのように別れた。その夜の口論の度合いから考えても、それは当然のことだったと思う。私と彼をつなぎとめていたあの男の子はもういないのだから。彼の……その男の子の荷物は私が引き取った。

「私が産んだのよ。思い出くらい自由にさせてちょうだい」
「わかった、好きにしろ」

彼は……私の元夫は、きっと別の女と上手くやるのだろう。だから彼は手元に何も残そうとはしなかったのかも知れない。たとえ一人息子の思い出のかけらでも。

彼の、その男の子の荷物の中に懐かしい物を見つけた。彼の三歳の誕生日。もう七年も前のことになる。その日に彼に買い与えた本、『ピーターパンの冒険』。私は彼がこの本を読んで何を考えていたのかはわからない。それすら知らなかった。何度も何度も繰り返し読む彼、それを見つめる私。きっと幸せだったのだろう。

(こんなに汚くなるまで……あなたは一体何回読んだの?)

子供の頃、母に読み聞かされていた話。あんなに何回も聞いたはずのにどうして忘れていたのだろう。ふと後ろを振り返ると、彼……男の子がいた。

「こっちへおいでよ、ウェンディ」

私は、フック船長の事をピーターパンの父だと思っていた。遊びまわる子供たちを叱りに来た怖い父親。きっと、私の父と重ねあわせていたのだろう。どうして気付かなかったのだろう? 私はいつのまにかフック船長になっていたらしい。どうしてピーターパンの気持ちを忘れていたのだろう。私もかつてはピーターパンの一人だったのだ。

頬を涙がつたった。それを見て、彼が優しく言った。

「おかえり」
「……私はもう大人になってしまったのよ」

彼の悲しそうな顔を残して、私は部屋を出た。もう私には生き抜く努力が必要なのだ。

もうネバーランドには帰れないのだ。

Fin.

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