monologue : Same Old Story.

Same Old Story

離れた二人

「結婚なんてするものじゃないわね」

苦笑いとともに彼女が言った。

「主婦も母親も、何も夢がないんだもの」
「それは幸せってことじゃないのかい?」

僕は彼女の目を見ずに言った。晴れた日曜日の午後、おしゃれなカフェテリアに彼女を見つけた。五年前、僕の恋人だった頃よりもずいぶん年をとった彼女を。

「主婦って退屈」

今度は真剣な顔で彼女が言う。

「退屈で結構じゃないか。稼ぎのいい亭主とかわいい子供、皆健康にやってる」
「それはそうだけど」
「僕みたいな独り者の身にもなってみなよ。家族って素晴らしいものだぜ」
「そうだけど……」

彼女の表情が曇る。うつむいた横顔は実際の年齢よりもずいぶんと老けて見えた。

「何が不満なのさ?」
「……刺激、かな」

問いかける僕に、彼女は小声で答えた。そして堰を切ったように、一気に僕にまくしたてた。

「あなたといた頃みたいな、毎日を精一杯に生きてる気がしない。日常に埋もれて、ただ生かされてるだけ」
「…………」
「自分の意思じゃあ何ひとつ動いてないわ、そんなことくらいわかってる」
「…………」
「でも、私はあの人の人形でもあの子のメイドさんでもないのよ」
「おいおい……」
「これが現実なのよ! 私には何も……」

彼女の言葉を遮って、甲高い声が響いた。

「お母さぁん」

彼女は決まりが悪そうにうつむき、少し間をおいて言った。

「待ってて、お母さん今行くから!……ごめんなさい、今言ったことは忘れて」
「誰だって過去が恋しくなるものさ」

彼女は席を立ち、子供のもとへ向かった。……が、すぐに立ち止まって言った。

「ねえ、もしも昔みたいに戻れたら」
「行きなよ、子供が待ってるんだろ」
「……そうね」

彼女は振り向かずに歩き出した。きっともう立ち止まることはないだろう。

空はどこまでも青く、深く澄んでいた。僕は、久しぶりの煙草に火をつけた。

Fin.

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