Same Old Story
離れた二人
- After Apart
- http://www.junkwork.net/stories/same/069
「結婚なんてするものじゃないわね」
苦笑いとともに彼女が言った。
「主婦も母親も、何も夢がないんだもの」
「それは幸せってことじゃないのかい?」
僕は彼女の目を見ずに言った。晴れた日曜日の午後、おしゃれなカフェテリアに彼女を見つけた。五年前、僕の恋人だった頃よりもずいぶん年をとった彼女を。
「主婦って退屈」
今度は真剣な顔で彼女が言う。
「退屈で結構じゃないか。稼ぎのいい亭主とかわいい子供、皆健康にやってる」
「それはそうだけど」
「僕みたいな独り者の身にもなってみなよ。家族って素晴らしいものだぜ」
「そうだけど……」
彼女の表情が曇る。うつむいた横顔は実際の年齢よりもずいぶんと老けて見えた。
「何が不満なのさ?」
「……刺激、かな」
問いかける僕に、彼女は小声で答えた。そして堰を切ったように、一気に僕にまくしたてた。
「あなたといた頃みたいな、毎日を精一杯に生きてる気がしない。日常に埋もれて、ただ生かされてるだけ」
「…………」
「自分の意思じゃあ何ひとつ動いてないわ、そんなことくらいわかってる」
「…………」
「でも、私はあの人の人形でもあの子のメイドさんでもないのよ」
「おいおい……」
「これが現実なのよ! 私には何も……」
彼女の言葉を遮って、甲高い声が響いた。
「お母さぁん」
彼女は決まりが悪そうにうつむき、少し間をおいて言った。
「待ってて、お母さん今行くから!……ごめんなさい、今言ったことは忘れて」
「誰だって過去が恋しくなるものさ」
彼女は席を立ち、子供のもとへ向かった。……が、すぐに立ち止まって言った。
「ねえ、もしも昔みたいに戻れたら」
「行きなよ、子供が待ってるんだろ」
「……そうね」
彼女は振り向かずに歩き出した。きっともう立ち止まることはないだろう。
空はどこまでも青く、深く澄んでいた。僕は、久しぶりの煙草に火をつけた。
Fin.