Same Old Story
師走
- Father's Work
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もう十二月か。今年ももう終わる。私はこの季節になるといつも思い出すことがある。いつもと言ってもここ五、六年だが。しがないタクシー稼業には人情話がつきものらしい。
「番地でいいかい?」
雨の降る、年の瀬近い寒い夜、見慣れない客は言った。
「ええ、まあ……多少時間がかかるかも知れませんがね」
「まいったね、急ぎの用なんだが」
男の着ているこぎれいなスーツは少し濡れていた。タクシー乗り場まで、傘もささないで走って来たようだった。
「目的地の名前はわかりますか?」
「高見ヶ原酒店っていうんだが」
「なんだ、ここいらで一番有名な酒造店じゃないですか」
「そうなのかい?」
「あそこの店主の酒は最高ですよ」
男は黙ったまま、外を眺めていた。私はサイドブレーキに手をかけ、ゆっくりとアクセルを踏んだ。車は雨の中を進んだ。私は、軽い気持ちで男に尋ねた。
「忘年会の仕入れでも?」
「親父なんだ、その店主が」
「息子さん? 十年以上前に亡くなったと聞きましたが」
「勘当されたのさ。縁を切ったら死んだようなものだよ」
「それは初耳でしたよ。あそことは付き合い長いんですが……」
「親父の店を継ぐのが嫌で……教師になりたくて」
「それで今は?」
「念願叶って教師さ。十二年ぶりの帰京だ」
「ご両親に会いに?」
男は黙り込んだ。雨は降り続いている。
「一昨日おふくろから電話があってね。親父が倒れたんだとさ」
「……それはまた急な」
私は、動揺を隠そうと必死だった。
「外せない用事があるからって今日まで伸ばしちまった。親父、恨んでるだろうな」
「そんなことはないと……思いますよ」
ただそれを言うだけで精一杯だった。車内を沈黙が包んだ。
しばらくして男は、十二年分の記憶を取り戻すかのように質問を始めた。自分がいない間に起きたこと、変わったことを、洗いざらい聞いてしまうつもりらしかった。
やがて、車は目的地に着いた。
「すまないね、あれこれ聞いたりして」
「いえ……とんだ師走になりましたね」
「読んで字のごとく、だね……師走か」
「ご主人、元気になるといいですね」
彼は、夜空を仰いでつぶやいた。
「親父なら、昨日死んだよ」
「!……また急な…お気の毒に」
「遺言で、次の初日の出までには帰ってこい、だってさ」
「…………」
「勝手なモンだよな。出てけって怒鳴ったのは自分なのにさ」
「…………」
「勝手に……勝手に死にやがって……」
雨はまだ降っていた。空が、涙を流し続けているような夜だった。
「六年だ」
そう、六年前だ。あれからあの店は新しい店主を迎え、いまだに地元で一番の評価を得ている。店主が誰かは、言うまでもないだろう。
「あなた」
妻だ。
「今年も届いたわよ。あの酒屋さんのお酒」
Fin.