Same Old Story
静寂の中で
- In Silence
- http://www.junkwork.net/stories/same/099
電車の中、隣り合って座って、手話で意思の疎通を図る二人。雑音にかき消されたりすることはないから、案外優れた通信手段なのかも知れない。それでも僕には関係ない、そう思ってはいたが。
その事件はある日突然起こった。僕が目を覚ますと、階下で母の走り回る音が聞こえた。
(なんだろう?)
尋ねてみようとしたが、声は出なかった。どんなに頑張っても喉が締め付けられるだけだった。そして、これが僕一人だけの症状ではないということもわかった。
階下に下りてみれば母は口をパクパクさせ、テレビのアナウンサーはマイクとイヤホンを叩き、路上の犬は吠えることを諦めていた。
(どうしたんだ? 何かに集団感染でもしたのか?)
人にも動物にも感染して、声だけが出なくなる病気。範囲は、少なくとも僕の家からテレビ局のある首都圏まで。……なんて、聞いたこともない話だ。
そのとき、僕の携帯がメール着信を告げた。差出人は僕の恋人。
“声が出ないの、助けにきて”
彼女のところに駆けつけると、彼女は声もなく泣きついてきた。そして急いで携帯を取り出すと、僕にメールを打った。
“今朝からなの 声が出ないの”
そして僕を見るとまた涙ぐんだ。
僕は、この不可解な状況に納得がいったわけではなかったけれど、ただ黙って彼女を抱きしめた。彼女の携帯に僕からのメールが入る。
“大丈夫だよ、僕がついてるから。”
こんな状況だけど、彼女とは前よりもわかり合える、そう思った。
Fin.