monologue : Same Old Story.

Same Old Story

ありがとう

「え?」
「だから、彼女のことが、ずっと」
「ああ、わかったわかった。聞き間違いじゃなかったんだな」

十年来の友人が、突然僕の部屋を訪れ、思いもかけないことを打ち明けた。

「ずっと好きだったんだよ。もう何年も」

そう言って彼は、僕らの共通した幼なじみの名前を告げた。僕らの幼なじみで、数年前からは僕の恋人でもある彼女の名前を。

「どう思われてるんだろう? どうしたらいい? どうしたら」
「まあ落ち着けよ」

困った。僕ら三人は、何のトラブルもなく今までやってきた。彼を置いて抜けがけをしたような気もするが、いざというときは全て話して、もしそこで彼が僕らを許さないなら、それはそこまでの友情なのだろう、とも思っていた。

「うーん……」

僕が困っているのは、今がそのいざというときだから、なのだが。

「今恋人とか、そんな存在がいるのかな」
「君は、彼女から何も聞いてないのか?」

卑怯な打診。

「そういうお前は何か聞いてるのか?」

どうやら彼は何も知らないらしい。もっとも、僕も彼女も彼に話さなかったから、なのだろうが。

「ああ、えーと、その……。彼女、今恋人がいるらしい。数年の付き合いなんだとか」
「……そうなのか。どういう男なんだ?」
「えっ?」

僕は、他人事のように話してはぐらかそうとしたことを後悔した。今さら「僕です」だなんて言えなくなってしまった。

「その……聞いてどうするんだ?」
「ひょっとしたら俺にもチャンスがあるかも知れないじゃないか」

なんてこった。彼は相当真剣だ。なんとか諦めさせないと、そんな考えが頭をめぐった。

「どんな、って……」
「どんなことでも」

嘘をつけば簡単なことかも知れなかった。到底敵わない、と思わせるような男性像を彼に抱かせればいいのだから。しかし、僕の口から、その類いの言葉は出てこなかった。

「その……たいしたことないやつだよ。君ほど背も高くはないし、女の子にモテるわけでもないし。だけど」
「だけど?」

真剣な目が僕を見る。

「だけど、彼女のことはすごく大切に思ってる。そのことに関しては、誰にも負けないような自信を持ってる……と、思う」

あわてて語尾を少し変える。うまくごまかせただろうか。

「……そうか」

小さなため息。

「俺は……」

彼は少しうつむき、顔をあげて少し笑った。

「なあ、このことは言わないでおいてくれ。気まずくなるのも申しわけないような気がするからな」
「……ああ」
「悪かったな、突然押しかけて」

そう言って彼は立ち上がり、靴をはいた後、上を向いた姿勢で立ち止まった。彼は泣いているのかも知れない、そう思った瞬間、僕は自分の卑怯さにため息が出そうになった。

いざというときには、全部話すんじゃなかったのか。

「あのさ」

彼は左の手のひらを僕に向け、僕を制止するような格好をした。そして今度は、右手の人差し指を口許で立て、少しだけ笑った。

「ありがとな」

彼はそれだけ言うと、部屋を出て行った。彼はもしかして知っていたんだろうか、そう思ったとき、僕はなぜか涙が出た。そして、小声で、部屋を出た彼に言った。

「ありがとう」

何年も知らないふりをして、何年も一緒にいてくれた彼に。

Fin.

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