Same Old Story
雪景色
- Snow Brings Something Good
- http://www.junkwork.net/stories/same/109
「ねぇ、五年後のこの場所で、また雪が降ったら結婚してあげる」
大学卒業を控えた年末の里帰り、電車の中で僕は、懐かしいセリフを思い出した。当時付き合っていた子が僕に言った言葉だ。
「若かったな」
そんな約束を真剣に受け止めるくらい、当時の僕らは純粋だった。将来のリアルな生活のことなんて、今朝見た夢の中身程度にしか考えていなかった。気楽なものだ、と今では思う。
「若かった」
電車で都心から数時間、夏には避暑地で有名になる土地に、僕の実家はある。目立った特徴があるわけではないけれど、いつまでも平和なところだと思う。
「ただいま」
軽い荷物と一緒に実家に着いた僕を、母が妙な顔で出迎えた。
「ちょうど今、電話があったとこ」
「僕に?」
そう言って母は僕に走り書きのメモを渡し、不思議そうに僕の顔を覗き込んだ。
“約束 覚えてるなら待ってます”
「女の子だけど、名乗らなかったのよ。言えばわかるって」
「……ああ」
恐らく、あのセリフを僕に言った子だ。
「ちょっと出かけてくる。夕飯までには戻るから」
僕は、高校の裏の小さな丘に向かった。五年前の今日、その丘で彼女と約束をした。
(すっかり時効だと思ってたのにな)
その小さな丘の上に、変わらない彼女の姿があった。
「……久しぶり」
「覚えてたんだね」
「もう破棄されたんだと思ってた」
少しぎこちない会話を交わして、僕は彼女の隣に座った。
「だって、約束は約束だもん」
五年前と変わらない若さで彼女が言う。
「そうかな。条件付きの約束だってあるよ」
五年前とは違う表情で僕が言う。彼女は何も言わずに、ただ微笑んだ。
僕らは、もう何年も前に別れた。だからこそ、もう時効なんだと思っていた。若気の至りとさえ言われそうな約束を、彼女が果たそうとしていたなんて意外だった。
「今は何してる?」
「もうすぐ大学卒業」
「その後は?」
「さあ、就職かな」
お互いの現状報告をしながら、僕らは丘の上に何時間もいた。きっとそれを口にすることはしないで、約束をした時間を待っていたんだろう。
「向こうで働くの?」
「まだ何も考えてないな。卒業後のことは」
何時間も待って、夕飯の時間が近付くころ、どちらともなく話すのをやめた。約束の時間が近い。
「……ちょっと寒くなってきたね」
「ああ、時間が時間だから、かな」
「雪、降るかな」
「……さあ」
それから二人とも何も言わなくなって、長く感じる短い時間を、お互い無言で過ごした。空気が冷えて、張り詰めて、約束の時間を待っていた。
雪は、降らなかった。
また無言で少しの時間を過ごした後、先に僕が立ち上がり、小さく伸びをした。
「もうこんな時間だ」
残酷だけれど、そう言わなければいけない気がした。彼女は何も言わない。
「そろそろ帰るよ」
彼女は何も言わない。また無言の時間が流れ、しばらく経った後に、ようやく彼女が口を開いた。
「……ねえ、また三年くらい経ったらここにおいでよ」
彼女は僕を見ずに、下を向いて言った。三年間、僕を待つということだろうか。
「……いや」
僕も、彼女を見ずに下を向いて言った。
「来年、この場所で雪が降ったら」
驚いたのか、彼女が勢いよく顔を上げる。
「来年、雪が降ったら結婚しよう」
自分がこんなことを言うなんて、と思ったが、それと同時に、悪くないな、とも思った。
日は西に傾き、あたりはすっかり冷え込んできた。明日は、きっと雪が降るだろう。
Fin.