Same Old Story
春よ来い
- Cherry the Grave-post
- http://www.junkwork.net/stories/same/118
「綺麗な桜にはね、根元に死体が埋まってるなんて言うのよ」
祖母が幼い僕に言った言葉だ。何十年も前のことなのに、いまだに鮮明に覚えている。
「怖がらなくてもいいの。決して怖い話じゃないわ」
「じゃあおばあちゃん、あの桜が綺麗に咲いたら、根元には誰かの死体が埋まってるの?」
あじさいだって土壌の質で花びらの色を変える。桜が多少綺麗に咲くくらい、決して有り得ないことじゃないと僕は思う。
「あら、桜を見てるなんてめずらしい」
ふいに背後から声をかけられ、僕は現実に引き戻された。母だ。
「おばあちゃんが好きだった桜、今年はまた一段と綺麗ね」
「樹齢、何年くらいだったっけ」
「さあ、おばあちゃんと同じくらいだそうだから……八十は超えてると思うわ」
その祖母は、去年の初夏、桜が緑に変わる頃に亡くなった。自分と同じ激動の時代を過ごしたこの桜に、尋常でないほどに強い思い入れを持っていたらしく、遺骨をその根元に埋めてくれと言うほどだった。
「母さん」
もっともその願いは退けられ、遺骨は先祖代々の墓に入っているが。
「あのさ」
「なあに?」
母は間延びした声で、僕の問いの続きを待っているようだった。風がさらりと吹いて、桜の枝を揺らした。
「……なんでもない」
聞けるわけがない、そんなこと。祖母の、あなたにとって義理の母の骨を、あの桜の根元に埋めたのか、なんて。
母は、何事もなかったようにつぶやいた。
「本当に今年は綺麗。天国のおばあちゃんも鼻が高いでしょうね」
僕は何も言わず、ただ黙って桜を見ていた。やがて母がつぶやく。
「来年も綺麗に咲くかしら」
僕は、小さな小さな声で返事をした。
「多分、きっとね」
さらりと風が吹いて枝を揺らし、花びらを一枚だけ持っていった。
Fin.