Same Old Story
君のような笑顔
- Something like Your Smile
- http://www.junkwork.net/stories/same/140
「もう少し、愛想よく笑ってみたら?」
批判というわけでもないけれど、決して弱い調子ではない彼女の声が思い浮かんだ。会話の最中に、突然言われた台詞。驚きと、なんだか申し訳ないような気持ち。
「その方がいいと思うよ。笑ってごらんよ」
僕のためか、それとも僕と会話する人のためか、彼女はそんな提案をしてくれた。僕にとってかなりハードルの高い提案を。
「無理だよ。だって、君みたいには笑えないよ」
言えずにしまいこんだ僕の台詞。
市バスに揺られて後方に流れる景色を眺めながら、どう答えていれば彼女を喜ばせられただろう、明日会ったらどんな顔をすればいいんだろう、とそんなことがぐるぐる頭の中を回った。
『次は松田橋です、お降りの方は停車ボタンを』
運転手のアナウンスをさえぎるように停車ボタンの音が鳴り、バス停にゆっくりと、滑り込むように停車する。小銭の支払いに戸惑っているのか、バスは数分間停車していた。その間に二・三人が、後方の乗り口からなだれ込む。
「あ、席、どうぞ」
七十か八十か、それくらいのお婆さんがいて、僕は条件反射のように席を譲った。少し口ごもりながら、今自分が立った席を右手で指し示す。
「まあ、悪いねぇ、皆疲れてるだろうに」
「そんなことないです、気にしないで」
お婆さんが、僕の顔を覗き込む。
「でも疲れた顔してるじゃないか、しかめっ面で」
「そういう顔なんです、気にしないで」
僕の答えに納得がいかないのか、お婆さんは怪訝そうな表情のままだったので、僕は無理に唇の端を上げて愛想笑いをした。
「ほら、疲れてません。元気です」
そう言うとお婆さんは声を出して笑い、ありがとう、と言った。バスが動き出す。
『次は地下鉄勝野駅前です』
吊革につかまって、窓の外の流れる景色を眺める。ふと、窓ガラスに映る自分の顔に気が付いた。笑っている。
「あ」
思わず声に出していた。
「これでいいじゃん」
お婆さんが僕を見る。僕は何も言っていないような振りをして、けれど心の中は答えがひとつ見つかったことに、小躍りするような気分だった。
『お降りの方は停車ボタンを』
運転手のアナウンスをさえぎるように、停車ボタンの音が鳴る。
Fin.