monologue : Same Old Story.

Same Old Story

あの日、君と

「あ、今、あの子見てたでしょ」
「あの子?」
「ほらあの女子高生よ、今スカート押さえてる」

彼女が僕らの前方を指差す。僕らのように並んで歩く女子高生の左側の子の、スカートが風で巻き上げられたのを僕がじっと見ていた、と彼女が言う。

「いや、見てないよ」

僕は嘘をついてはいないつもりだ。

「嘘ばっかり。ぼーっと顔向けてるから何かと思えば」
「本当なんだから、信じてよ」
「さあどうでしょうね。見とれてたんだって、正直に言いなさい」
「いや、本当に」
「正直に言ったら許してあげる」

彼女が意地の悪い笑みを浮かべる。言葉は少しきついけれど、きっと僕が嘘をついていないこともわかってくれているし、何より彼女は僕を信頼してくれている。そして、僕も彼女を信頼している。

この会話は、くだらない冗談のようなものなのだ。

「全く、信用がないんだなあ」

おどけて言いながら、並んで歩く彼女と僕。

「ええ信用してないわよ、あなたは女の子好きだから」

彼女もおどけて言いながら、笑う。その笑顔を見て、僕はきっと幸せというようなものを感じながら、彼女の隣を、彼女の隣の少し前を歩く。

「そんなことないよ、なんでそう思うの?」
「だってそうじゃない、三ヶ月前も」
「そんな昔のことを引き合いに出さないでよ、だってあのときは」
「危ない!」

突然僕の腕を彼女がひっぱる。それに制止されて、僕の次の一歩は宙に舞う。一歩後に僕が辿り着いていただろう地点を、バイクが走って横切る。彼女が、僕の腕にしがみつく。

「もう、しっかりしてよね。前くらいちゃんと見てよ」
「さっきは "前を見てた" って怒ったじゃないか」

僕の言葉に彼女は吹き出して、声を上げて笑った。

「全く、私が見てないとだめなんだから」

彼女の笑顔を見て、僕は幸せのようなものを感じた。

「いつか事故にでも遭うんじゃないかって心配だわ」

少しまじめに言う彼女の顔は、一昨日や昨日よりもぼやけて見えた。どうやらまた、視力が落ちているようだ。

「聞いてるの?」

その顔が近づき、少し鮮明になる。

「うん、聞いてるよ」

僕の視力はあとどれくらいもつのだろう?

二ヶ月前から急激に視力が低下し、僕の担当の眼科医は言った。まもなく、あなたの目は失明するでしょう。徐々に、視力を落としながら。少しずつぼやけていく世界を目の当たりにするのは辛いことでしょうが、ええと、何だっけ。

「また何か他のこと考えてたんでしょう?」

彼女は、知らない。彼女が泣く姿を見たくはないし、「私が代わりになれたら」なんて台詞は聞きたくない。いつか、そのときが来たら告げるつもりでいる。

例えその隠し事が原因で、あるいは何か他の理由で彼女が僕から離れるとしても、僕の言いたい言葉はひとつだけ。

「ありがとう」
「え?」

彼女が僕の顔を覗き込む。少し鮮明な、彼女の顔。

「いや、なんとなく」
「どうかした? 今日はどこか変みたい」
「そんなことないさ。いつも通りだよ」

あとどれくらい、君の笑顔を見ていられるのだろう。

神様、何も見えなくなる日が僕に訪れても、彼女の笑顔だけは忘れませんように。その日まで、僕が彼女の笑顔を見ていられますように。

「ぼーっとして、私がいないとだめなんだから」

少しぼやけた、彼女の顔が笑う。

Fin.

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