monologue : Same Old Story.

Same Old Story

理想都市

「究極的な安定の果てには何があるか、知ってるか?」
「何だよ?」
「破滅だよ。それもひどく緩やかに訪れる」

学生時代、哲学科の友人が話してくれた言葉を思い出した。

「おかえりなさい、あなた」
「ああ、ただいま」

仕事帰りにふと頭に浮かんだ。学生時代を懐かしむ気持ちでもあったのだろうか。

「今日は五時二十二分のお帰りだから、五時五十二分まではゆっくりなさってね」
「仕事の残りを少しやっておきたいんだが」
「だめよ、あなた。仕事を五時以降も続けるのは条例違反だわ」
「しかし」
「三十分の休息も、あなたの健康のためのガイドラインなのよ」

しぶしぶ妻の言うことを聞き、自室へ戻ってソファに横になる。

僕がこの街へ引っ越してきて、もう二十年になるだろうか。理想の都市、新世紀のニュータウン。

「大げさなキャッチコピーだったな」

この街では生活のいたるところに指針が組み込まれ、住人の安全と健康を保証している。

「仕事によるストレス削減の条例、バランスの取れた食事のガイドライン、健康のための運動奨励委員会……」

さまざまなルールや規範が示され、福祉産業の充実度は世界トップクラス、疾病率は世界で最も低い地域。おそらく誰もが夢に描いたことのある、健康で安定した日々を普通に送れる街。

「理想の都市、新世紀のニュータウン、か」

この街のやり方をまねて、世界中に似たような都市が設計されているという。

「あなた、あと七分ですからね」
「わかってるよ」
「お食事はできてますから」
「どうせまた味気無いやつだろう」
「贅沢をおっしゃらないでくださいな。あなたの健康を考えてこその指針なんですから」
「ああ、わかってるよ」
「それが終わったらお風呂に入って、二時間ほどゆっくりと」
「わかった、わかったから」

彼女はこの街向きの人間なのだろう。ルールでがんじからめにされて、毎日の予定が決まりきった生活向きの。

「福祉は充実、住人は健康で長生き。いいことばかりじゃないか」

確かに、それは間違いではない。この街での平均寿命は国のそれより長く、寝たきり老人などの問題も少ない。

「わかってる」

机の引き出しを開け、ファイルや文具を全部取り出してしまう。

「わかってるんだ」

引き出しの一番奥、そこにあるのは鈍く黒光りする、護身用の小さな拳銃。

「安定が何かなんて、この街が間違いだなんて十数年も前から」

それを手に取り、じっと見つめる。

この街での自殺率は、国のそれよりもはるかに高い。

Fin.

Information

Copyright © 2001-2014 Isomura, All rights reserved.