Same Old Story
正義の味方
- Mr. Right
- http://www.junkwork.net/stories/same/151
どうにも身動きが取れない状況に陥ってしまったとき、僕は子供の頃にあこがれた、正義のヒーローを思い浮かべる。強く、正しく、弱い者を救ってくれるヒーロー。
「騒ぐなよ、俺が金を持ってここを出るまでは!」
皆、ヒーローの登場を期待している。
(どこかにいるなら、だけど)
取引を済ませて銀行へ向かい、用を足してトイレから出ようとしたとき、建物中が異常な雰囲気に変わっていることに気が付いた。
銀行強盗だ。
(まさかこんなところで身動きが取れなくなるなんて)
トイレ入り口の脇にあった観葉植物の陰に隠れて、息を潜めて様子をうかがう。
(意外に気付かれないものだな)
僕がここへ隠れてから、もう五分にはなるだろうか。犯人は、床に伏せた客や銀行員に神経を集中させているようで、僕のことには気付いていないようだった。
(他に誰も見当たらないけど……単独犯なんだろうか?)
相手が一人なら、どんな武器を持っていようがチャンスはある。幸い僕は、犯人に認識されていないのだ。
(僕がヒーロー、なんてね)
くだらない考えに笑みを浮かべながら、打開策を考える。
まず、通報する方法。残念ながらこれは期待できない。携帯電話を持ってはいるけれど、さっきからずっと圏外表示のままだ。公衆電話まで気付かれずに移動して、犯人に気付かれずに電話をすることは不可能だろう。
次に、ここから逃げ出して誰かを呼ぶ方法。これも難しい。トイレに戻って窓から抜け出すには、窓枠があまりに小さすぎる。それ以外の脱出経路は、どこへ向かうとしても犯人から容易に見渡せる。
(ってことは……)
思いつく限り、一番単純で危険な方法。僕が、犯人を打ちのめす。
(もしかしたら……いや多分、拳銃で武装してるだろう)
いくら死角からだとはいえ、素手ではさすがに無理がある。一撃でノックアウトするほどの腕力はない。何か使えそうなものがそこらにないか、辺りを見回す。
(……あれ、くらいか)
目に付いたのは、真っ赤な消火器。僕があこがれたヒーローも、赤のマントを着ていた。
(あんなもの……)
確かに、武器にはなるだろう。しかし、どうにも格好がつかないし、犯人の命を奪いかねない。
気付かれないように消火器まで這って行き、それを抱えてまた観葉植物に隠れる。
(…………)
不思議と、ゴムのホースが手になじむ気がした。握りやすい。
(……やれるか……?)
誰かが問いかけ、誰かが答える。
(きっとやれるさ、やってやる。こんなのわけないさ)
また誰かが問いかける声が聞こえる。
(でも、こんなもので殴りつけたら、犯人は死んでしまうかも)
誰かが答える。
(あいつはそういう罪を犯してるんだ、当然の報いさ)
僕が答える。
「正義の味方だって、悪者を殺すだろう?」
ゴムのホースが手になじむ気がした。
Fin.