monologue : Same Old Story.

Same Old Story

想い出の人

誰にだって、人生をある地点からやり直したくなるような、そんな想い出はあるだろう。例えば親友との喧嘩、受験の失敗、仕事上の決定的なミス……数えればきりがない。

「お願いします」

しかし、そんな後悔も取り戻せるチャンスはある。技術や情報網を駆使して、その機会を与えてくれるサービスが実現しているのだ。

「データ入力全て完了しました。シミュレート開始します」

僕は、若い頃の失敗を取り戻すためにそのサービスを受けに来た。

「もう一度システムの概要を説明します」
「一度聞いたからもういいんだけど」
「そういう規約ですので。お聞きください」

係員がコンピュータやモニタを指差しながら、説明を始める。

「本システムは、お客様がお持ちになったデータを入力することにより、対象の現在の姿をシミュレートするものです」
「知ってるよ、さっきも聞いたんだから。僕が持ってきたのは、中学時代の女の子の写真とデータ」
「その方の現在の容姿を見たい、ということですね」

要するに、幼い頃の写真とデータがあれば、今どんな顔かがわかるというわけだ。

僕は、十代の初めに想いを寄せていた女の子のシミュレートを依頼した。進学して彼女とは離れ離れになり、想いも伝えられないまま、彼女の行方はわからなくなってしまった。人生をやり直したい、と心から後悔した。

このサービスを利用すれば、現在の彼女の容姿がかなりの精度でわかるのだという。

「出力されたデータにつきましては」
「精度は保証するが用法については関知しない、だろ」

出てきた映像をどう使うかは利用者次第、ということらしい。

今時、顔写真と正確な名前がわかれば、その人を探すことは難しくはない。彼女を見つけだして想いを伝えることくらい、容易なことなのだ。

「シミュレート完了しました。モニタに出力します」

いよいよ、彼女の顔を見られるときがきた。僕は手に汗握り、モニタに映し出される映像を待ち焦がれた。

「こちらが対象の現在の容姿です」
「…………」

酷い。

清楚で美しかった彼女は、すっかり衰えた肌で品のなさそうな女性へと変わっていた。

「……これ」
「精度は保証いたします。対象の家族環境、生活態度」
「わかったよ、もういい。ありがとう」

データを記録したディスクを受け取ると、僕はその部屋を出た。

「あら、早かったじゃない」

待合室で座っていた妻が、声をかけながら立ち上がる。

「どう? 利用して良かった?」
「ああ、君の言う通りだった。想い出なんて美化されてるものなんだな」
「そうでしょう」
「ようやく、つっかえてたものが取れた感じだ。良い気分だよ」

誰も想い出なしに生きてはいないが、想い出だけでも生きてはいけない。

「君を選んで、正解だったと思う」

想い出を処分する機会も必要なのだろう。妻の顔を見ながらそんなことを考えた。

Fin.

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