Same Old Story
電話の声
- Talking to You
- http://www.junkwork.net/stories/same/156
人の集まる場所に必ずあるのが、受話器に向かって話しかける一方的な言葉の数々。
「もしもし?」
「また、そんな冗談ばっかり言って」
「おい、いい加減にしろよお前」
いろんな人がいろんな人へ投げかける、いろんな会話の断片。その完成形を想像するだけで、結構楽しめるものなのだ。
「ああ、良かった、やっとつながった。私よ、わかる?」
改札へ向かいホームを歩く僕の耳に入った、誰とも知らない女性の言葉。今まで何度も耳にしたそれが、ふとどこかに引っかかる。
「え? もしもし、ちょっと、私がわからないの?」
女性の声からは、冗談や馴れ合いというような雰囲気は感じ取れない。恋人にからかわれている、というわけではなさそうだ。
「どうしてそんなこと言うの、冗談にもほどがあるわ……今、どこにいるの?」
電話の向こうの人と彼女とは、どういう関係だろう? つまらないことで喧嘩をした友人? 復縁を迫った元恋人? それとも、ただの姉妹か何か?
「迎えに行くから。どこにいるの? いつもの居酒屋?」
いつもの居酒屋、というキーワード。一緒に酒を飲むような仲か。
「本当に、怒るわよ。冗談はやめて。もう一度聞くけど、今どこにいるの?」
そのとき、僕と同じ方向へ歩いていた彼女の声が、急に立ち止まった。
「ちょっと……今度は何の冗談のつもりなの?……もしもし? もしもし? ちょっと、何とか言いなさいったら!」
だんだんと遠ざかる彼女の声は大きくなったが、やがて雑踏に紛れて消えた。
僕は、改札を通り抜けながら考えた。
(彼女と電話の相手に、どんな結末が待っていたのだろう?)
相手の身に何かが起こったのだろうか? それは当人以外は知る由もないことだが。外野にできることはと言えば、ただ想像力を働かせることだけだ。
駅を離れて交差点を渡るとき、僕のコートのポケットで携帯電話が鳴った。
「ああ、良かった、やっとつながった。私よ、わかる?」
「……は?」
知らない番号からの着信に首をかしげ、聞き覚えのない声に首をかしげる。
「あの、どちら様?」
「え? もしもし、ちょっと、私がわからないの?」
「えっと、間違いじゃないですか? あなたの声に聞き覚えは」
「どうしてそんなこと言うの、冗談にもほどがあるわ……今、どこにいるの?」
はっと気付き、後ろを振り返る。どこにも、電話をする女性の姿はない。
「迎えに行くから。どこにいるの? いつもの居酒屋?」
間違いない。さっきの電話の声だ。
「あのっ、あなた、さっきも誰かに同じような電話を……!?」
一呼吸おいて、呆れた声が返ってくる。
「本当に、怒るわよ。冗談はやめて。もう一度聞くけど、今どこにいるの?」
なぜか、復唱できそうなくらい頭の奥に染み付いていた言葉。
「この後……電話をかけた女が立ち止まって」
「ちょっと……」
「電話の相手に、通話ができなくなるような何かが」
「今度は何の冗談のつもりなの?」
交差点の真ん中に立ち尽くす僕めがけて、一台の車が突っ込んでくる。現実から切り放されたような頭で、僕はそれを認識する。
「もしもし? もしもし? ちょっと、何とか言いなさいったら!」
僕の手から数メートル向こうへ飛ばされた携帯電話から、微かに最後の言葉が聞こえた。
Fin.