Same Old Story
再会の約束
- Land of Promise
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「どうかした? 味付けがお口に合わなかったかしら」
「そんなことないよ。君の料理はいつだって美味しい」
「じゃあ何か悩みごとでもあるの? あまりお箸が動いてないみたいだけれど」
私の言葉を聞くと彼は、まるで悪戯の見つかった子供のようにため息をついた。
「正直に言おう。俺と別れてくれ」
「……離婚を?」
「そうだ。君以外の女性に、取り返しがつかない程に惚れ込んでしまった。今のままじゃどちらにも申し訳ない」
「……彼女を選ぶのね?」
「ああ」
彼は冷静な口ぶりだったけれど、内心動揺していたに違いない。私が彼のこんな告白を真正面から受け止めるだなんて、普段の私から見てもおかしな光景だろう。
「わかったわ」
「……本当に、いいのか?」
「仕方ないじゃない」
そう言って笑顔を返す私に、彼は不気味さに似た感情を覚えたかも知れない。
仕方がない。彼が浮気を始めたのはもう三年近くも昔のことなのだから。今さら、仕方がない。そのことを知っているからこそ、今こうして冷静に対処できているのだけれど。
「……済まない」
「謝ったってどうにもならないわ。早く、彼女のところへ行って報告してきたら?」
「ああ、そうする。本当に」
「もういいったら」
次の言葉を手のひらで制すと、彼はまだ何か言いたげな顔をしていた。今度は彼の言葉を制する代わりに、私が言葉を投げかける。
「ひとつだけ約束してもらえないかしら」
「何を?」
「半年後、また一緒にお食事をしましょう?」
「……それくらいなら構わないけれど、彼女が何て」
「もちろん、無理にとは言わないわよ。あなたたちにも都合があるんでしょう?」
「ああ、その」
「わかったわ。とにかく行ったら? 面倒な手続きは後回しにして」
「済まない」
彼はまた頭を下げると、今度はもう何も言わずに玄関へ向かった。その後姿へ、もう一度言葉を投げかける。
「ねえ、彼女は」
何も言わずに振り向く彼。
「私より上手く料理をするのかしら?」
彼は笑いながら答えた。
「まさか、君にはかなわないよ」
彼はそのまま家を出て、もう戻ってくることはなかった。
「私にはかなわない、なんて」
堪えていた笑いをかみ殺すように、強く口元を引き締める。私にはかなわない?
「私の料理に、かなわない? そうよね、あんな命がけの料理なんてないものね」
彼が浮気をしていると知った二年半前、きっと彼は彼女のところへ行ってしまうと悟ったその日から、私は計画を実行していた。手料理の中へ少しずつ、そう、本当に少しずつ、発癌性の強い薬品を混ぜていたのだ。
「あなたは半年後、また戻ってくるわ」
きっと彼の体は今頃、あちこちを癌に蝕まれているだろう。自覚症状のあるもの、ないもの、併せていくつになるだろう? きっと、彼はもう助からない。
私の予想通り、彼は半年後、遺骨になって私の下へ帰ってきた。
「おかえりなさい、あなた」
約束は果たされた。彼はもう何も言わないけれど、私の下へ帰ってきた。
「私ももうすぐなのよ、あなた。二人で、お食事をしましょう?」
彼と同じものを食べ続けた私の体も、また同じように酷く病に蝕まれている。彼のところへ行く日も、そう遠くはないのだろう。
「だって、約束したものね」
彼は、何も言わない。
Fin.