Same Old Story
白い再会
- White Wall
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レントゲンを撮られなくてよかった。
「どうにも好きになれないんですよ、あれ。お腹に機械を当てたとき、これにこのまま貫かれてしまうんじゃないか、なんて」
僕の話に受付の看護師は笑って答えた。万が一機械が故障したとしても、そんなことにはなりませんよ、だなんて。そのあと、領収書を出しますから少し待っててくださいね、とも。
「ああ、ちょっと入院病棟の方へ行ってもいいですか」
今回は検査だけですから入院は結構ですよ、と彼女が言うので、今度は僕が笑いながら答えた。万が一に備えての下見ですよ、と。可愛らしく笑う彼女に、本当の目的を告げる。
「知り合いが入院してまして。ちょっと顔でも出してやろうと思ったんですけれど」
領収書が用意できたらお呼びしますから、と彼女は事務的に言い、ごゆっくり、と優しく言った。
僕は廊下を真っ直ぐ突っ切ってエレベーターへ向かいながら、さっき頭に浮かべたことを口にした。
「レントゲンを撮られなくてよかった」
どうもあれは好きになれないし、あまり良くないだろう、特に今は。隣を歩いていた中年女性が、つぶやく僕を見て少し首をかしげていたようだった。
「七階、お願いします」
エレベーターに乗り込み、迷うことなく目的の階へ向かう。機械的な声が七階であることを告げ、僕は、はやる気持ちを抑えながらゆっくり歩く。大部屋を二つ通り越し、角を曲がって正面の個室へ向かう。
ノックもせずに、けれど丁寧に、扉を開けて素早く部屋に入る。ベッドの上で週刊誌を読んでいた男が、驚いた顔で僕を見て言う。お前、どうしてこんなところに、と。
「久しぶりですね先生。工場を差し押さえに来たとき以来ですか」
どうしてここが、お前、と男が言う。それに答えず、僕は言う。
「いや、私は入院でなくてただの検査なんですけどね。おかげさまで食べていくだけで精一杯、こんな豪華な個室で優雅に読書なんて余裕はありませんよ」
男は苦笑いを浮かべて弁解する。君には申し訳なかったがうちも商売なんだ、あの差し押さえは法的にも認められたものだし、そうしなければ私だって食い上げなんだ、だから、と、そこで僕は男に歩み寄り、自分の中に渦巻いていた感情の一部を声にしてぶつける。
「贅沢言いなさんな、先生。おかげでこっちは生きていけやしない。女房も娘も消えちまったよ」
それはそれは、と、少し長い沈黙の後に男が言う。ゆっくりと手を伸ばした先にあったナースコールのボタンを払いのけ、念を押すように言う。
「もう少しお話しましょう、先生」
苦笑い。
「特に何の用事があって来たわけではないんですが、お体を壊されたと聞きまして」
いい気味だと心の中で笑っているんだろう、と男が言う。少し皮肉交じりの薄笑いを浮かべながら。
「とんでもありませんよ。うっかり病気でもしてそのままぽっくり、なんてことにでもなったら大事です」
縁起でもない、と吐き捨てるように言う、その顔に顔を近付けて言う。
「あんたは私が殺すと決めたんだ。勝手に死なれちゃ困る」
何をばかな、と言いながらも、男の額には脂汗が浮いているのが手に取るようにわかった。強がりなのだろう、続けざまに二言三言浴びせられる。お前にそんな度胸があるものか、第一、どうやって私を殺す? 今回が私と直に話せる最初で最後のチャンスだったのに、と。
「チャンスを逃すようなことはしませんよ、先生」
けれどお前に私を殺す力があるか? 首でも絞めてみろ、すぐに誰かが飛んでくる。そのための道具など持ち込めやしないだろう、お前は完全に丸腰だ、どうやって私を殺す?
「レントゲンを撮られなくてよかった」
何?
「今日、検査だったんですよ。私はレントゲンってやつが嫌いで」
何を言ってる?
「それと、今日はあまり良くないんです。多分、写るから」
一体、何が言いたいんだ。
「こういうことですよ」
勢い良く口を開け、思い切り歯を噛み合わせる。奥歯が砕ける音と、中に仕込んだスイッチの入る音。食道に通したコードを信号が伝わり、胃の中に隠した小型の爆弾へと伝わる様が、なぜか感じられるような気がした。
レントゲンを撮るときに想像した、腹を貫かれる感覚。僕の死体は、そんな風になるのだろうか。
「うまくいったかな」
爆弾は、うまく彼を殺してくれるだろうか。
僕は病院の白い壁を見つめながら、意識の消える直前までそのことだけを考えていた。やがて、壁と同じように、世界の全てが真っ白になる。
Fin.