monologue : Same Old Story.

Same Old Story

結婚を前提に

「ねえ、兄さんもいい歳なんだからさ」
「わかってる」
「いつまたお父さん倒れるかわからないでしょう」
「わかってるよ」

少し速めに動かしていた足を止め、振り返って彼女を見る。僕の後ろをぴったり着いてきた妹は、急に立ち止まったことに驚き、目を丸くして僕を見た。

「早く結婚して親父に孫の顔見せろってんだろ」
「そうよ、もう三十になるんだし、そろそろお嫁さんもらってもいいんじゃない?」
「わかってるよ」

また振り向いて歩き出す。足の裏が感じる冷たさ。病院の廊下は、とても重くて不気味なもので出来ているように思えた。

「ね、だったら早いうちに結婚して」
「お前、人の心配してる余裕なんかあるのかよ。全然男っ気もないくせに」
「私は……兄さんとは四つも違うんだから、まだ」
「25 も 30 も変わらないだろ。それに、親父がいつまで元気でいられるかもわからないんだから」
「……わかってるわよ」
「人の心配する前に自分の」
「私は兄さんと違って当てがあるもの」

本当かよ、とつぶやくような僕の言葉を聞かず、妹は僕を追い越して先に病院を出て行ってしまった。

「当て、ねえ」

見舞いを終えて自宅へ戻る。僕の部屋は、独り暮らしらしい温度で迎えてくれた。

「……結婚、ねえ」

親父は元気だったけれど、また倒れないとも限らない。早いうちに結婚相手でも見つけたら、さぞかし安心することだろう。

「って、わかってはいるけど」

何せ人脈がない。大学の同級生の半分は結婚して家庭に収まり、半分は仕事一筋で生きるような連中だ。そこから誰か紹介してもらうとしても、日本にいないやつも多い。さすがに国際結婚に踏み切る勇気はない。

「どうするかな」

頭をかきむしる。そのとき、携帯電話が鳴る。

「……またかよ」

いわゆる出会い系の未承諾広告メール。ぶつぶつつぶやきながら消去しようとして、ふと、これで結婚相手なんて見つからないものか、という考えが頭をよぎった。

「まあ、真剣にでなくても、ちょっと遊んでみるのもいいか」

試しに書かれている URL へアクセスしてみる。どうやら掲示板に書かれた書き込みに対して、メールを送って約束を取り付けるというシステムらしい。

「細分化されてるんだな。恋人掲示板、不倫掲示板、メル友掲示板……SM 掲示板なんてのもあるのか」

そしてその中のひとつに、結婚前提掲示板というものもあった。ずいぶん乱雑なカテゴリーにも思えるけれど、需要があるから設置されているのだろう。僕は試しに、その掲示板を覗いてみることにした。

「44 歳、バツイチ子持ち……35 歳、未婚……42 歳、死別……へえ」

どこまでが本当なのかはともかく、様々な想いで様々な利用者がいるらしいということはよくわかった。

「どうせなら若い方がいいだろ」

いわゆる「サクラ」かも知れないが、僕は 20 歳代の女性にメールを送ってみることにした。

「はじめまして、えっと……あなたのプロフィールを見て、気が合うのではと……バカみたいだな」

むずむずするような文章を書き上げ、送信ボタンを押す。

「ええと、送信者のアドレスは当サイトのシステムによって保護されており……その後メールをやり取りする際に公開を、なんだこりゃ」

つまり、僕が今送ったメールは僕のでないメールアドレスから送られていて、その後実際にやり取りをするときには本当のメールアドレスで、ということらしい。ややこしいのは課金システムを見据えてのものだろう。何が無料だ、嘘つきめ。

「あ」

ぶつぶつつぶやいているところへ妹からメールが届き、僕はなぜか突然、妹に責め立てられているような気持ちになった。真剣に結婚相手を探せ、と、無言の圧力をかけられた気がしたのだ。

「何の用だよ」

メールには、妙な文章が書かれていた。

はじめまして、メールありがとう! プロフィールにも書いたけれど、私、今 25 歳で、なるべく早く結婚したいんです。結婚を前提にお付き合いしませんか?

これの意味を理解するのにそんなに時間はかからなくて、それを理解したときには僕は大笑いだった。

「何が当てがある、だよ」

今度は僕のメールアドレスから、妹にメールを送信する。本文は「バカ」、ただそれだけで。

Fin.

Information

Copyright © 2001-2014 Isomura, All rights reserved.