monologue : Same Old Story.

Same Old Story

人生ゲーム

「人生ゲームというボードゲームがあるでしょう。人の一生をすごろくになぞらえる遊びです」

学校からの帰り道、突然話しかけてきたそいつは、どことなく普通でない雰囲気を漂わせる妙な男だった。

「僕に何か用ですか?」
「用事というほどでもないですが、伝えておいた方が良いかと判断しましたので」

真っ黒なスーツに背の低いシルクハット。一昔前の上流階級の紳士みたいな、少なくともこの町では滅多に会わないタイプだ。

「あんた誰だ? 僕に伝えた方が良いこと?」
「名乗る必要はありませんし、名乗ったところでどうなるわけでもありません。あなたは理解しないでしょうしね」
「…………?」

突然目の前に現れ、人生ゲームのことを話題にしたがる。名乗る必要もないから名乗らない。身なりは、少なくとも今ここでは場違いとも言えそうなもの。

「人生ゲーム? 何を伝えた方が良いって?」
「人生ゲーム、そう、人生ゲームです」

そいつは僕に一歩近づき、声をひそめて顔をしかめ、とんでもない秘密事を打ち明けるように言った。

「誰もが盤上の駒に過ぎないのです。自分で自分の人生を作り上げていると多くの者が勘違いするが、思い上がりも甚だしい。あなた方は自ら生きているのではなく、生かされている」

こいつが何者かはともかく、頭がちょっとおかしいか、虚言癖でもあるだろうことはわかった。それを指摘したところで何にもならないこともわかっているけれど。

「ああ、その、忠告どうも。じゃ僕はもう行くよ」

この手の連中には深く関わらない方が良い。僕はそこで会話を切り上げて、この男から離れることが得策だと考えた。

「じゃ」
「あなたはプロスポーツ選手になるのが将来の夢のようですが、止した方が良い。サッカーで食べていけるほどあなたに才能はない」
「……なんだって?」

こいつ、どうして僕がサッカーをやってるって知ってるんだ?

「それと、今付き合っている女、彼女も止した方が良い。あの女は、金銭関係のトラブルを呼び込みやすい」
「……何を言ってる。どうしてそんなことがわかる」
「そういう駒だからですよ。彼女は、そういうルールに動かされる駒なのです」

そう言うとその男は振り向き、何かつぶやきながら歩き始めた。

「早めに軌道修正なさい。お気に入りの駒だからといって、忠告してやれるのはこれが最後です。ゲームマスターからの過剰な接触はルール違反ですからね」
「……待てよ! ふざけるな! 僕はお前の思い通りになんか」

その瞬間、良くない薬でもかがされたように、視界がぼんやりと白くなっていき意識が遠のいた。

ふと気が付くと僕は、揺り椅子に揺られながらうたた寝をしているところだった。

「あなた」

妻が呼びかける。

「そんなところで居眠りされたら、風邪をひきますよ」
「……ああ」

少し笑って、夕飯もうすぐですからね、と小さくつぶやくように言う。

「夢を見た。若い頃の」
「あら、どんな?」
「不思議な男に話しかけられる夢だ。前にも説明したろう? 不思議な男の夢だ」

揺り椅子の正面に置いてある本棚の隣、いくつか並べられた写真たてに目をやる。あの頃の僕の、部活に汗を流す瞬間がそこへ収められている。けれどその目線はサッカーボールではなく、自分のバットが捉えた打球の行方を追っている。

Fin.

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