monologue : Same Old Story.

Same Old Story

初夏の夜

「あれ」

夜風に当たりながらビールでも飲もうとベランダへ出て、向かいの棟のある部屋に灯りが点いていることに気が付いた。

「先週まで空き部屋だったのに。駅に近くもないし大して安くもないのに、よくこんなマンションに入る気になったな」

ぼそぼそとつぶやいて缶ビールのふたを開け、いくらか喉に流し込んで息をつく。

「もう夏だからなあ」

午後八時をまわっても、カーテンを開けっ放しにする部屋が増えてきた。クーラーを使うほどではないが、窓でも開けておかないと蒸してだれるような暑さ。

風のある日には、このベランダからほとんどの部屋を覗き見ることができた。

「新しい入居者はどんな人かな、と」

もう一度さっきの部屋に目をやる。まだ部屋には家具らしきものが置かれておらず、昨日か一昨日か、今日の昼にでも越してきたように思えた。

「この時間に灯りが点いてるってことは、夜通しで引越し作業か模様替えでもするのかな。案外、夜逃げか何かだったりして」

本人を前にしてはとても言えないようなたちの悪い冗談をつぶやく。アルコールのせいにしてしまうつもりはさらさらないけれど。手に持った缶を空にしようとビールを流し込む。

「あれ」

再び目をやると、部屋の灯りは消えていた。

「もう寝たのかな」

よく目を凝らしてみると、ベランダに一人、僕と同年代の男が立っているように見えた。灯りが点いていないせいだろうか、顔つきや服装はよく見えない。

「暑いですね、今夜は」

さっきの独り言が聞かれてやしないだろうか、少しくらいフォローでもしておいた方がいいだろうか、という下心から、僕は彼に声をかけてみた。ベランダからベランダへ、結構な距離を置いての会話を試みる。

「暑いぶん、これが美味いから良いんですけどね」

手にしたビールの缶を掲げて見せる。中身はほとんど入っていない。

「そんなに暑いですか」

向こうの男が答える。あまり気を悪くしたような様子でもないことから、どうやらさっきのつぶやきが聞こえたなんてことはなさそうだ、と僕は判断した。空になった缶を軽く左右に振りながら会話を続ける。

「暑いのなんのって、もう真夏日ですよここ一週間は」
「それは暑くて仕方がないでしょう」
「本当に。もう勘弁して欲しいですよ」
「こっちはそんなに暑くないんですけどね」

彼の言葉使いはとても丁寧で、暑さに苛立つ様子など全くなかった。

「良い空調機でも使ってるんですか、うらやましいことだ」
「じゃ、ちょっと取り替えてみませんか」

何を、とつぶやいた瞬間、よく見えなかったはずの彼の顔が、気持ち悪いほどいやらしく笑う年老いた男の顔に変わるのがわかった。両目がへの字に、口端は釣り上がり、まるで誰かの不幸を嘲笑うかのような。

その顔に嫌悪して少し体を引いたその瞬間、突然僕の周りが真っ暗になった。

「うわっ、停電か?」

ベランダから自分の部屋を振り返ると、そこには何もない真っ暗な部屋があるだけだった。驚いてベランダの外を見渡すと、自分がさっきの男のいた場所に立っているらしいことに気が付いた。

「どうなって……?」

自分がさっきまでいた場所へ目をやると、確かにそこには僕がいた。けれどその僕は、まるで僕でないようないやらしい笑みを浮かべ、手に持ったビールの缶をベランダから下へ投げ捨てた。

その僕が部屋へ入り、部屋の灯りを消した途端、僕の意識も途切れた。

Fin.

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