monologue : Same Old Story.

Same Old Story

二重の表

「無理すんなよ」
「うるさい」
「そんな言い方はないだろ、心配してやってんのに」
「君にそんなことを頼んだ覚えはない」

ぶつぶつとつぶやきながら、目的地へ向かって階段と通路を交互に歩き続ける。

「誰にだって苦手なことってのはあるだろ」
「だったらどうだって言うんだよ」
「無理してあれもこれも一人で抱え込む必要はないっていうことさ。得意分野で頑張ればそれでいいじゃないか」
「僕が君と助け合うって? 冗談じゃない」

歩きながら人とすれ違う。一人でつぶやく僕をどうかしたのかと思って、さっきの人は振り向いて僕の後ろ姿を確認したりするだろうか。

「今までも俺の力があってこそ、だったろ」
「そりゃ、確かにそうさ。僕は君みたいに口が達者じゃないから」
「だから俺に任せろって言ってるんだよ。お前はお前でやれることをやれよ、あとは俺が何とかしてやるって言ってるんだから」
「騙されないぞ」

歩いても歩いても目的地にはまだ着かない。それどころか、地下鉄を降りてもう数分は歩き通しなのに、まだ駅から出られる気配すらない。

「な、お前は俺と違って方向音痴だしな」
「……騙されないぞ」

また誰かとすれ違う。一人でつぶやく僕。一人で誰かに投げかけ、一人でそれに答え、一人でまた投げ返す僕。周囲の人にとってはとても不思議で不気味な存在に見えることだろう。

「俺たちみたいのは肩身が狭いだろ? だから、お前の苦手な部分は俺が上手くカバーして、それと悟られないようにしてやるって言うんだよ。事実、今までだってお前は俺に頼ってきたじゃないか。何度も何度も」
「うるさい。君を信用して君の言いなりになり続けていたら、君はいつか僕を消すつもりだろう。主導権は僕にあるんだ。騙されないぞ」

僕の体には、もう一人の誰かが住み着いている。

「言えるうちに言っとけよ、そのうちお前から頼み込むことになるんだからな、いつもみたいに」

口が悪くずる賢い、普段は僕の影に隠れている彼。

多重人格とかそういうものだろうか。こんな自由に会話ができたり、増して本人の意思で入れ代わりができるなんてことはほとんどないだろうけれど。

「もう君には頼らない。もう言いなりにはならない」

僕。この体の本当の主ではあるけれど、追い詰められるとすぐに彼に頼り、入れ代わって何とかやり過ごそうと目論む、弱くて情けない僕。

「大体、今日の約束だって俺が取り付けてやったんだろ。代われよ。うまくやってやるからさ」
「そりゃ、君は口が上手いからね。誰かとぶつからなきゃいけないとき、僕はいつも君に頼ってた。君ならなんとかしてくれるから」

ずっと前から憧れている女の子がいた。彼はその気持ちに気付き、巧みに僕を誘導して、彼が彼女と話をできるような状況を作り上げた。

「お前の悩みは俺の悩みなんだよ。兄弟以上の関係だろ? 困ったときはすぐに俺に代われよ、何とかしてやるから」

口が上手い彼は魅力的な人物を演じて、彼女の興味を惹くことに成功した。何度か彼と彼女の会話がやり取りされて、今日、初めて一緒に夕飯でも、なんて段取りになった。

「ずっとお前の憧れだった彼女だ、失敗したくないだろ?」

彼が僕をそそのかして表に出たがるのはどうしてだろう、なんて考えたことは今まで一度もなかった。とにかく困ったら僕は逃げて、彼が後始末してくれるのを待てば良いとだけ思っていたから。本番に弱いから、と自分に言い訳して試験から逃げたり、誰かとの揉め事を彼に丸投げしたり、辛い、面倒くさいことは一通り彼に押し付けた。

「俺に任せれば、また来週末にも夕飯の約束を取り付けてやる」
「……そうだな、君は口が上手いから」
「そうだよ、だからそろそろ代われよ。待ち合わせ場所に着く前に」

僕は、いつも要らないものを捨ててきたつもりだった。ただ逃げていることを認めず、自分で選んだつもりになっていた。

「でも、君には代わらない」
「……お前、自分で上手くやれるはずがないことくらいわかってるだろ?」
「失敗するかも知れないけど」

僕が要らないものだと逃げてきたことは、どれも僕のために、きっと本当は必要なことだったのだろう。堅苦しい言い方をすれば、試練だとか鍛錬だとか、そういうものから僕はずっと逃げていた。

「僕は、もう後悔したくないんだ」
「だから、俺に代われって。次の約束もきっと」
「ずっと憧れてた彼女だから」
「わかってるよそんなことは。ほら、もう着くだろ、代われよ」
「ずっと憧れてたから、だから、君と彼女のことを黙って見過ごすわけにいかないんだよ」

彼が、突然大声で代われと怒鳴る。意を決した僕はそれにひるむことなく、待ち合わせ場所にいる彼女のもとへ、一歩ずつ歩み寄る。

「僕だって男だ。無条件降伏なんてもうごめんだ」

頭の奥で怒鳴り声が響く。彼女が僕に気付き、手を振る。変わらない歩調で歩く僕。怒鳴り声は変わらず響いているけれど、自分の声がそれを全てかき消せるような、そんな気がしていた。

「あの、夕飯の前に、少し話がしたいんだけど」

彼女は、いつもと違う僕の口調に戸惑っただろうか。怒鳴り声は続いていたけれど、どこか遠くのことのようにも思えた。

「僕、ずっと君のことを見てたんです」

大丈夫、お前がいなくてもきっとやってみせる。

Fin.

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