monologue : Same Old Story.

Same Old Story

先読み

未来が見える。

「また、久しぶりに会ったからってそんな冗談ばっかり」
「本当だよ。学生の頃は誰にも言わなかったけれど、今はこうやって人にアドバイスすることにしてるんだ」
「そんなこと言っても騙されないわよ」
「君と十年振りに再会する瞬間、ついさっきのことも僕は知ってたんだよ。十年前、最後に君と会った日に、今日のことを知ったんだ。僕は大して驚かなかったろう? 知ってたからだよ」
「……そんなこと」

彼女は僕の言葉を一向に信じようとはしなかった。もちろん、それが普通の反応であることもわかっているし、僕には、これから彼女が僕の言葉を信用するようになることもわかっている。

十年振りに再会した学生時代の友人と、再会ついでに昼食を、と喫茶店に入った。そこで僕は、彼女の将来についてちょっとしたアドバイスをすることにした。

「じゃあ、今からちょっと……そうだな、あの子がいい」

彼女の向こう側に見える、店の奥のウェイターを指差す。

「あそこにいる店員、あの女の子、見える?」
「見えるけど、それがどうかした?」
「今から、あの子がどんな仕事をするか当てるよ」

それだけ言って僕は目を閉じる。強く頭にさっきの子の姿を浮かべると、少しだけ先の姿がまぶたに浮かぶ。

「コーヒーメイカーに近付く。二杯ホットコーヒーを入れて、入り口の左手に座ってる中年の二人組みのところへ運ぶ。次に、その隣のテーブルへ注文を尋ねに行って、チリドッグのオーダーを間違えてホットドッグと伝える」
「……変な宗教でもやってるの?」
「いいから、見てて」

彼女に注意を促し、ウェイターの動きを見守る。コーヒーメイカーへ近付き、二杯のホットコーヒーを入れ、中年の二人組みに運んだ足で隣のテーブルへ。しばらく客とやり取りを交わしたあと、キッチンへ向かって声を張り上げる。

「オーダー、アメリカンふたつ、トマトサンド、ホットドッグです」

直後に客に指摘され、慌ててキッチンへ駆け寄りながら、もう一度声を張り上げる。

「すみません、ホットドッグじゃなくてチリドッグです」

彼女は口を開けたまま、成り行きを呆然と見詰めていた。

「信じた?」
「……仕込み? どうやってるの?」
「言っただろ、見えるんだよ。未来のことが、少しだけね」
「……話、何だったっけ? 聞いといて損はないかも」

今度は身を乗り出して、僕の話に興味を示す。思った通りの反応に少しだけにやつきながら、僕は話の要点を伝えた。

「来週の月曜日、君は多分本町通り二丁目の交差点を通ると思うけど、それはやめといた方がいい。迂回するか別の日にした方が」
「本町通り二丁目? 迂回なんて無理だわ、そこ、私の勤め先の目の前だもの。そこを通らなきゃ事務所に入れないのよ」
「だったらその日は欠勤するんだね」

少し考えて、彼女が問い掛ける。

「理由、聞いたらだめ?」
「……多分、大きな事故が起こる。タンクローリーか何か、大型の車両が突っ込んで大惨事。通行人が大勢巻き込まれる」
「……本当に?」
「疑うかい?」

ウェイターを指差しながら尋ねると、彼女は渋々承諾したような顔つきで僕を見た。

「じゃあまた、来週の火曜日以降にどこかでご飯でも」

彼女と別れて駅前の銀行へ向かう。

『どうしてそのこと、他の人には伝えないの?』
『大きく捻じ曲げることはできないんだ。せいぜい、君やその近しい人の行動に注意を喚起するくらい。全員をあそこから退避させたら、今度は別の場所でもっと酷いことが起こる』

彼女は僕のアドバイスに納得がいかない様子だった。自分だけ助かるということに納得がいかない、だろうか。

『いつからそんなことが?』
『ずっと昔からだよ。物心ついたころから』
『自分の未来も見える?』
『それはできないんだ。自分のことだけは見えない』

銀行の自動ドアを通り抜け、窓口で銀行員に用件を伝えるときにも、彼女との会話が頭の中に残っていた。

『そう。自分のことがわからないなんて、皮肉ね』
『何もかも上手くはいかないってことだろうね。もっとも、これで困ったことなんて今まで一度もなかったけれど』

しばらくお待ちください、と伝えられ、待合室のソファに深く腰掛けて軽いため息をつく。

「自分のことなんかわからなくても、困ったことなんてないよ」

もう少し深く腰掛けてじっくり休もうとしたそのとき、突然何か大きな音が響き、辺りは騒然となった。何か叩きつけるような音と、悲鳴、叫び声。何かマスクのようなものを被った男数人が、銀行強盗だと名乗った。

(……こんな日もあるんだな)

強盗の指示通り床に伏せながら、すぐ近くで床に伏せていた女性の顔を目に焼き付ける。ゆっくりと目を閉じ、その顔を頭に思い浮かべる。こうして彼女の未来を見れば、この強盗騒動から解放されるのが何時頃になるかがわかるだろう。

(……? 真っ暗だ、どうしたんだろう)

その隣にいた青年の顔へ目をやり、もう一度目を閉じる。

(……真っ暗だ。どういうことだ)

他にも数人試したが結果は変わらず、僕には誰の未来も見えなかった。

(向こうで試してみるか)

強盗が周囲に目を光らせている、その顔をじっと見つめる。マスクからわずかに露出した目元、口元、首筋、顔の輪郭。それを深く頭に刻み込んで、気付かれる前に目を閉じ、未来を見る。

(……なんてこった)

非常ベル、サイレン、パトカー、投降の要請。狼狽する強盗数人、手にしたスイッチ、小型の包み、体に巻き付けた……おそらく、爆弾か何か。

(……こんな日も、あるんだな)

見えなかった自分の未来に苦笑しながら、他の人質たちと一緒に、僕は運命の瞬間というものを待つことにした。

Fin.

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