monologue : Same Old Story.

Same Old Story

ラッキーディ

「っていうかさ、聞いて、昨日マジで当たったんだけど」

電車内に、次の駅名を知らせるアナウンスが響く。僕は座席にもう一度深く腰掛けて、手にした小説に目をやる振りと、ときどき眼鏡の位置を直す仕草を繰り返しながら、僕の前に立つ三人の女子高生の話に耳を傾けた。

「あれ、昨日見せてもらった雑誌、何だっけ」
「今持ってるよ、これでしょ」

一人が鞄の中から隔週刊誌を取り出す。若い女の子向けに作られた、化粧品だとか遊び場所だとか、そういう総合情報誌のようなものだ。

「そうこれ、これの占いのページさ、あたし、昨日ラッキーディだって書いてあったんだよね」
「マジ? で、何かあった?」
「もう凄いあったって。昨日部活の後、三十分くらいキャプテンと二人で話せたもん」
「あんた部活なんかやってたっけ?」
「サッカー部のマネージャーでしょ? 雑用雑用」
「もう本当昨日はラッキーだった。凄いね、当たってるよこれ」

話を聞いていた二人のうち片方が、雑誌をぱらぱらとめくって、どうやら話の種らしい占いのページを開いて見せた。そのページの見出しが目に飛び込んできた瞬間、思わず僕は吹き出しそうになって、慌てて咳き込んでごまかした。幸いにも三人とも、僕のことは少しも気にかけていないらしい。

(あれは、僕が書いたページだ)

適当に占い師でもつかまえて書かせろ、編集長にそう言われて任されたページを、僕が適当にやっつけ仕事で仕上げたページだ。彼女たちは、こんなものを信じ込んでいたのか。

「次の号出たら私も買おっと」
「いいじゃん、三人で見せ合えば」

次号の原稿は、今から修正しても間に合うだろうか。僕は、記事の一部を書き換えることを密かに決心した。こんなでたらめの占いを信じるんだったら、少しくらい社会貢献できるよう仕向けてやるのもいいだろう。

『落し物を拾うことがあるかも? 困っている人を助けるといいことあり!』

その次の号が発売された翌日、同じ電車の同じ位置に、僕と彼女たちはいた。僕はまた小説を読む振りをしながら、彼女たちの会話に耳を傾けていた。

「また当たったって、あの占い」
「嘘、今度は何があったの? ラッキーだった?」
「ん、占いは別にラッキーじゃなかったけど、ほら」

鞄から取り出した雑誌を開いて、二人に見せる。どうやら話を聞いている二人は、二週間の間にすっかり占いのことを忘れていたらしい。雑誌を購入していたのは該当者だけだった。

「書いてあるでしょ? 落し物拾ったの」
「何を?」
「セカンドバッグ。財布とか名刺入れとか入ってた」

どうやら彼女は誰かの鞄を偶然拾ったことを、僕の書いた占いの記事になぞらえているらしい。僕の思惑通りだ。

「どうしたの、それ?」
「お金たくさん入ってたから交番に持っていったら、十分くらい後に電話がかかってきて、お礼言われた」
「いくらくらい入ってたの?」
「うーん……多分、十万円くらい。数えてなんかないからわかんないよ」
「私だったらちょっと借りるのになあ、もったいない」

一人が口を滑らせたことに舌を出す。

「でも、お礼、してくれるってさ」
「え、良かったじゃん」
「ちょっと渋い声の男の人で、仕事の都合がついたらディナー奢ってくれるって」
「いいなあ、何食べさせてくれるんだろ」
「なに、じゃまた占い当たったの?」

他の二人に自慢げな表情を見せながら、彼女は手にした雑誌をうっとりと眺めていた。僕は、次回原稿の修正内容を頭に描いていた。

『甘い誘いに要注意! 思わぬ怪我をすることもあるかも?』

次の発売日翌日、彼女たちはその電車にはいなかった。僕は少しつまらない気分だったけれど、あまりそのことは気にならなかった。当たったと思っていた彼女以外は占いのことを気にしなかったように、僕にとって彼女たちの存在は大きなものではなかった。名前すら知らないのだ。

「名前も知らないんだからな」

電車を降りてホームを歩いている間、つい言葉が口をついて出た。

ふと、売店内から客のいる方へ向けて備え付けられているテレビに目が行った。そこに映し出されているのは、あの女子高生のうちの、占いが当たったと喜んでいた彼女の写真と、彼女のものらしき名前だった。

『行方不明となっているのは、東京都世田谷区私立高校に通う……行方不明になる前日、約束の食事に行くと友人らに話しており……事件当日、男性と一緒に歩いている姿を……』

Fin.

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