monologue : Same Old Story.

Same Old Story

隣の神様

「神様、信じるのかい?」

見るからに軽そうな金髪の男に話しかけられ、小説を読んでいた女は、苛立ちを隠さない目つきで睨んだ。

客数の割に物静かな喫茶店のカウンター席に、二人は隣り合って座っている。

「……ひょっとして気にさわったかな?」
「何の用ですか?」
「いや、だって、それ、そこに」

男は彼女が手にしていた小説の背表紙を指差した。文庫本にかけられた、書店のオリジナルらしき紙のカバー。その背表紙には、筆記体で "God bless you." と書かれていた。

「……このカバーは別に私の趣味じゃありませんから」
「ああ、そうなんだ。やっぱり信じてない? 最近の若い子ってそうだよね、あまり信」
「何の用です?」

女が声を荒げる。一瞬男はひるんだが、すぐに調子を取り戻した様子で言った。

「俺、神様なんだよ」

今度は女が一瞬戸惑う、が、すぐに呆れた表情を作り、手元の小説に視線を戻す。

「あれ、信じない?」
「用が済んだなら放っておいてください」
「信じないかあ、俺、結構デキるのに」

女は答えない。

「何か凄いことやってみせたら信じる?」
「…………」
「そうだな……君のこと、当ててみせよう」

女は姿勢を保ったままだったが、興味を惹かれたのか、片方の眉を上げて男を見た。

「君は……お母さんと二人暮らし、だろう? いつも二人で夕飯を食べてるはずだ」
「…………」
「君のお母さんは三番通りのレストランで働いてる」
「どうして、それを……?」
「彼女はレストランのオーナーが嫌いで、彼が店を訪れた日には毎晩君に愚痴ってうさ晴らし、違うかい?」

女は小説を閉じ、興味深々といった眼差しとともに、男の方へ体の向きを変えた。

「それに君のことも、少しだけどわかるよ。君は最近憂鬱な気分になることが多い」
「どうしてそんなことまで」
「独りになったときには溜め息なんかついて、物思いにふけるんだろう。きっと君は、恋か何かの真っ最中だ」
「どうして、あなた、まさかそんな」

男が片目をつぶって見せる。

「さっきも言っただろ、そういうことさ」
「信じられない……まるで映画みたい」
「そんな日もあるだろうね」

男はカウンターの方を向き、ホットコーヒーを口へ運ぶ。女は彼の横顔を、期待と好奇の目で見つめている。さっきとそっくり立場が変わったようだ。

「それで、その……神様がどうしてこんなところでコーヒーを?」
「まあ、そういうこともあるのさ。たまの羽伸ばし、のつもりだったんだが……」
「何か不都合でも?」
「人間のお金をうっかり忘れて、ここの支払いと帰りの足代がね」

男が苦笑いをみせる。

「そんなの、神様の奇跡でどうにかしたらいいじゃない」
「私利私欲で奇跡なんか起こしたら有り難みが薄れるからね、それはできない」
「そういうものなの、難儀だわね」

男が再び、女の方へ体を向ける。

「そこで君に相談なんだが、もし良ければ……俺が君を救う代わりに、ここの支払いを持ってくれないかな」
「……私を救う?」
「そう、例えば……君の恋を助ける」

女の表情が一段と明るくなる。

「本当に? 本当にそんなこと」
「ああ、神様だから嘘はつかない」
「じゃお願い、私は彼にどうやって」

詰め寄る女に左のてのひらをかざし、男が神妙な顔付きと声色で言う。

「その前に、誓約だ。俺は君の恋を助ける。君は、俺にコーヒーをおごる。神様に誓えるかい?」
「ええ、もちろん」
「よし、わかった。君に力を貸そう」

男はジャケットの内ポケットから、くしゃくしゃになった封筒を取り出した。中には何か便箋ではないものが入っているようで、封筒はやや角ばって厚みを持っている。

「君に、彼の生活を知る力をあげよう」

女は封筒を受け取り、中に入っていた奇妙な装置を取り出した。それは探偵映画で見るような、発信機か盗聴機にそっくりだった。

「それがあれば、彼のことは何でも筒抜け。仕事の愚痴も、恋煩いの溜め息も」
「……まさかあなた、これ、同じものを私の家に」

女が鋭い目付きで問いかける。男は右手を顔の横に上げて宣誓のポーズを取り、誓約しました、と声に出さずに口だけ動かした。

「誓約、しました」

女は複雑な表情で男を睨んでいたが、諦めたようにそれだけ言うと、二人分の代金をカウンターへ置いて店を後にした。

Fin.

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