monologue : Same Old Story.

Same Old Story

螺旋の夢

日々が少しずつ、現実でない何かに浸食されていくような感覚。身近なものでいえば、そう、夢のような。文字通り夢物語のようだ、と思うだろうか? ひょっとするとそれは、悪夢かも知れないのに。

「やあ、君とは久し振りだな。突然手紙をもらって驚いたよ、ずっと連絡ひとつよこさなかったのに」
「すまない、それにもわけがあるんだ。とにかく座ってくれ、ゆっくり腰を落ち着けて聞いて欲しい」

十年以上になるだろうか、学生時代の友人が久し振りに手紙をよこして、僕と会って話がしたいというのだ。特に断る事情もなく懐かしさも手伝って、僕は二つ返事で了解した。

「それで、話っていうのは?」
「君に昔、夢のことを話したことがあったよね? 大学卒業間際だったと思うんだが」
「……ああ、夢の話か。そうだ、卒業後から疎遠になったものだから、その後の話が聞けずじまいだったな」

彼は大学卒業を控えたある日、深刻な面持ちで僕の部屋を尋ねた。おかしな夢が続いて気味が悪いのだ、と。

「何だっけな。そう、歳を取った自分の夢、だったな?」
「そうだ。十数年後の自分の夢だよ」
「それで、同じような夢を毎夜見て、しかも夢の中でもごく平凡な生活が繰り返されている、夢と現実の二重生活、なんて」

笑う僕を彼が真剣な目付きで見る。諫めるようなその視線に居心地の悪さを感じ、僕は咳払いをひとつして襟を正した。

「それで、その夢が今になって何か?」
「……あれは、夢だったのかな」

つい素っ頓狂な声をあげる。

「どういう意味だい、それは」
「二十代のときに見た夢の中の僕が、今四十手前の僕とそっくりなんだ。シンクロ、というか」
「予知夢、みたいな?」

彼がうつむき、小さな声で絞るようにつぶやく。

「今この現実が、僕は夢のような気がしてるんだ。まだ大学を卒業したばかりの二十代の僕が見てる、夢の中の自分が今の僕のような、そんな気が」
「……おいおい、それは現実逃避っていうんだぜ。いつまでも若く自由でありたかった、なんてな。この歳になってそんな、更年期障害でも?」

彼はうつむいたままでいる。僕はわざと、努めて明るい声で彼に語りかけた。

「大体、もしそうだとしたら、僕らのここ十年の生活は一体? 君の一夜の夢に全部詰め込むには長すぎるし、僕は僕の生活を送ってきたんだ。少なくとも僕は、君の関与しない思い出も持ってる。まさか今の僕まで、君の夢の部品だっていうんじゃないだろ?」

しばらく沈黙が続いたが、僕が諦めるようなため息をひとつついたとき、彼が言った。

「君が意思を持ってることを僕は確認できないし、あるいは二人で同じ夢を共有してるのかも知れない」
「まるで SF だな。そういうの好きなんだったっけ?」

ふう、と、またひとつため息。

「僕は」
「なんだい」

彼の言葉を待つ。

「この十数年、記憶らしい記憶がない。全部、夢で見たように曖昧なんだ。だから、今までの生活が夢なんじゃないかと」
「過ぎたことは遠く思えるんだ、ばかな考えは止した方がいい」
「あるいは」

うつむいたままだった顔を上げ、驚くほど真っ直ぐな視線が僕に注がれる。

「これは、君の夢なんじゃないか?」
「……何をばかな」
「今の僕の話を笑い飛ばさないのは、何か理由があるからだろう」

彼がじっと僕を見る。

ここ最近見る二十代の頃の僕の夢……ちょうど大学を出た頃の夢、言われてみれば確かに曖昧な日々の記憶、もうすぐ何かが終わりそうな感覚……。

「二十代の僕が四十間際の僕を夢見て、それが覚める頃には、夢の中で四十の僕が二十代の僕の現実を夢に見る? まるで二重螺旋、だな」
「人間の象徴、DNA 構造か。安い SF だな。嫌いじゃないだろ、そういうの?」

僕に尋ねる彼の声色は僕そっくりで、その表情はまるで鏡の中の僕のようだった。

もうすぐ、何かが終わるような感覚。

Fin.

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