Same Old Story
春夏秋冬
- Everything Goes around Us
- http://www.junkwork.net/stories/same/195
「やあ、今日も精が出るねえ」
隣家の気さくな主人に話しかけられ、男は遠慮がちに微笑と会釈を返す。しばらくの間繰り返されてきた、儀式のようなやり取り。
「新しい肥料の開発はどうだね? 順調かい」
「まだ何とも言えません、これからです」
男はかつて、都心にある大学で農業関連の研究をしていた。有機肥料の分野を専門としていくつか功績も残したが、あるときを境に大学勤めをやめ、今のこの広大な田舎へと引っ越してきた。隣家と数キロメートルも離れているような、そんなでたらめな広さの。
「うまくいったらうちにもひとつ頼むよ、女房ともいつも話してるんだ」
「その折りには是非」
「よろしく頼むよ、先生」
彼なりの社交辞令を交わして、目的地の、これもまた広大な畑へと向かう。そこで自作の研究段階にある肥料をまくのが、彼の主な日課となっている。
彼の他に、彼の畑をどうにかする者はいない。もともと家系が農家であったから農業のいろはには詳しかったし、彼自身の研究や彼の性格からも、一人でやることの方がよほど効率が良かった。隣家から援助の申し出があったときも、彼は丁寧に断るのだった。
隣家の夫婦は彼についてよく話す。
「それにしてもあの先生は、本当に何て言うのか、欲がないわね」
「欲がない?」
「畑だってあれだけの面積、人手もなけりゃ十分に耕せないでしょう。肥料をまくだけじゃ、自分が食べる分でようやくじゃない?」
「学者先生のすることはわからんよ、そういう環境での実験かも知れん。今にあれが、耕さなくても良い畑になるのかも知れん」
「そうかしらね」
「何にせよあれだけ毎日勤勉にやってるんだ、成功して欲しいな」
「そうね」
やがて畑から帰る彼と夫婦は挨拶を交わし、彼は家へ戻る。
「先生、研究頑張ってくださいね」
照れくさそうに笑いながら彼は、研究室に閉じこもり、いや、地下の肥料貯蔵庫と冷蔵室を行き来する。
「……あと、半年か」
彼は、都会で良くない女に捕まり、危うくスキャンダルの種になるところだった。すんでのところでそれは防いだが、結果はさらに良くないものとなった。
「残るは上半身か」
衝動的に殺してしまい、その日のうちに逃げるように都心を離れた。証拠を残すまいと、遺体を大きな冷凍用トランクに詰めて。
「毎日毎日、なあ」
遺体の内蔵を処理するのはわけなかった。豚の処理と大差ない、彼にはそう思えた。皮膚と筋肉は乾燥させ、石ころ程度の大きさに切り分けた。骨は粉になるまですり潰した。
「なんとか、上手くはいきそうだけどな」
適当に混ぜて畑にまけば、自然に分解されるだろう。肥料の研究は失敗、頓挫したとでもすれば良い。
「春夏秋冬、勤勉で誠実な農業家の僕が、死体の粉をまいてるだなんてな!」
隣家の夫婦は、彼についてよく話す。
「今に芽が出るわよ、あの先生。だってあれだけ毎日こつこつと、神様が見てないわけがないもの」
「悪い芽じゃなきゃいいがな」
二人は笑い、彼の成功を心から祈る。神様、どうか彼をしっかり見ていてください、と。
Fin.