Same Old Story
二つの狂気
- Two Creatures
- http://www.junkwork.net/stories/same/196
殺人事件やそれに類する事故、人間関係、感情だとか計画だとか、そんなものは全て、小説かテレビの中だけのものだと思っていた。
ぼんやりと立ち尽くす彼女の瞳から狂気が消え去り、僕が状況を整理できるほど落ち着くまでは。
「……なんてことを」
まだ息の荒い彼女は、僕の言葉には反応しなかった。少しずつ呼吸が落ち着くのにあわせて、存在が消えてしまいそうなほどに生気をなくしていく。
「どうして、どうしてこんなことに。何故、こんな男を、君が殺さなきゃいけないんだ」
言葉の終わりに、意識を取り戻したようにはっとする彼女。黙って僕を見る。二人の間には、一人の男の死体。
「どうして君が、こんな男のために、そんな」
彼女の利き手には、真っ赤に染まった包丁。
「どうして、こんな……」
もう動かないこの男は、どうしようもない男だった。他人の金に手をつけてまで遊び回り、すぐに暴力を振るうような、そんな男。彼女は彼の最大の被害者で、最後の擁護者だった。彼をなだめ、周囲に頭を下げ、自分のことは二の次に。まるで絵に描いたような、不幸な二人。それが、最も悪い結末を迎えてしまった。
「……どうして、殺したりなんか……」
彼女は呆然と僕を見つめながら、少しだけ震えていた。まるで小さな動物がおびえるように、いかにも弱々しく。
僕の心を、ある方向の感情が支配する。
「こんなの、おかしいだろ」
彼女が制裁を受けるのか? 誰よりも譲歩して、誰よりも耐えた彼女が。本来、一番褒め称えられるべき彼女が。
「……そうだ、逃げるんだ、それがいい」
この男はどうしようもなかったから、あちこちでいろんな連中とぶつかっていた。その中には危ないやつもいただろう。そんなやつにやられたと、そう見せかければいいじゃないか。彼女のアリバイくらい、僕が何とかしてやればいい。
「そうだよ、逃げるんだ! こんな結末、おかしいだろ!」
つい声を張り上げる僕を、彼女は黙ったまま、じっと見つめる。
僕は、僕自身を焼き焦がすような狂気に気付いていた。彼女の目には、どう映っていただろうか?
「さあ、まずはこいつの死体をどうにかしよう。そこいらに転がすだけでもいい」
僕は、彼の胴体に手をかける。狂気の消え去った彼女は動かない。
「……手伝ってくれよ、君のためなんだ」
そのとき、彼女がしばらくぶりに口を開いた。
「そうだわ」
「何だって?」
つかつかと歩み寄り、手に握っていた包丁を、僕へ突き立てる。
「あなたさえいなければ目撃者もいない、その方が何かと都合がよさそうね」
「……な……」
崩れ落ちる僕の目に映ったのは、再び燃え上がる彼女の狂気と、それに飲み込まれて消え入る僕の命だった。
Fin.