monologue : Same Old Story.

Same Old Story

二つの狂気

殺人事件やそれに類する事故、人間関係、感情だとか計画だとか、そんなものは全て、小説かテレビの中だけのものだと思っていた。

ぼんやりと立ち尽くす彼女の瞳から狂気が消え去り、僕が状況を整理できるほど落ち着くまでは。

「……なんてことを」

まだ息の荒い彼女は、僕の言葉には反応しなかった。少しずつ呼吸が落ち着くのにあわせて、存在が消えてしまいそうなほどに生気をなくしていく。

「どうして、どうしてこんなことに。何故、こんな男を、君が殺さなきゃいけないんだ」

言葉の終わりに、意識を取り戻したようにはっとする彼女。黙って僕を見る。二人の間には、一人の男の死体。

「どうして君が、こんな男のために、そんな」

彼女の利き手には、真っ赤に染まった包丁。

「どうして、こんな……」

もう動かないこの男は、どうしようもない男だった。他人の金に手をつけてまで遊び回り、すぐに暴力を振るうような、そんな男。彼女は彼の最大の被害者で、最後の擁護者だった。彼をなだめ、周囲に頭を下げ、自分のことは二の次に。まるで絵に描いたような、不幸な二人。それが、最も悪い結末を迎えてしまった。

「……どうして、殺したりなんか……」

彼女は呆然と僕を見つめながら、少しだけ震えていた。まるで小さな動物がおびえるように、いかにも弱々しく。

僕の心を、ある方向の感情が支配する。

「こんなの、おかしいだろ」

彼女が制裁を受けるのか? 誰よりも譲歩して、誰よりも耐えた彼女が。本来、一番褒め称えられるべき彼女が。

「……そうだ、逃げるんだ、それがいい」

この男はどうしようもなかったから、あちこちでいろんな連中とぶつかっていた。その中には危ないやつもいただろう。そんなやつにやられたと、そう見せかければいいじゃないか。彼女のアリバイくらい、僕が何とかしてやればいい。

「そうだよ、逃げるんだ! こんな結末、おかしいだろ!」

つい声を張り上げる僕を、彼女は黙ったまま、じっと見つめる。

僕は、僕自身を焼き焦がすような狂気に気付いていた。彼女の目には、どう映っていただろうか?

「さあ、まずはこいつの死体をどうにかしよう。そこいらに転がすだけでもいい」

僕は、彼の胴体に手をかける。狂気の消え去った彼女は動かない。

「……手伝ってくれよ、君のためなんだ」

そのとき、彼女がしばらくぶりに口を開いた。

「そうだわ」
「何だって?」

つかつかと歩み寄り、手に握っていた包丁を、僕へ突き立てる。

「あなたさえいなければ目撃者もいない、その方が何かと都合がよさそうね」
「……な……」

崩れ落ちる僕の目に映ったのは、再び燃え上がる彼女の狂気と、それに飲み込まれて消え入る僕の命だった。

Fin.

Information

Copyright © 2001-2014 Isomura, All rights reserved.