Same Old Story
解離性現実障害
- Unreality
- http://www.junkwork.net/stories/same/204
ずっと、夢かまやかしの中にいるような感覚を抱いている。何時頃からか、はっきりと断言することはできない。モラトリアムを終えて社会の一員になって、初任給と最初の五月病を何とか乗り越えて、のあたりからだとは思うけれど。
「彼女、は、違うよな」
また、同じ感覚。彼女も、だ。
「……何だろうなあ」
知らない誰かが、知っている誰かのような気がしている。ずっと、そんな錯覚に苛まれている。例えばスーパーのレジ係、例えば喫茶店のウェイトレス、例えば郵便配達員……。
「前に会ったことがあるから、ってわけでもないのに」
確かに彼らは僕の知り合いじゃないし、どこかで会ったこともなさそうだった。人に対する既視感、とでもいおうか。初対面の人が、僕に近しい誰かなのにそのことを思い出せず悶々としている、というような。
そうやって妙な感覚に悩まされてはいるものの、現実問題何か不都合があるわけではないから、カウンセリングなんかを受けるにも至っていない。不思議な、不気味な、消化不良がくすぶっているだけの話だ。
このところ僕は、喫茶店に入るときなんかは特に、ある種の覚悟を抱えながら扉を押す。
(……やっぱり、まただ)
一瞬僕を見て「いらっしゃいませ」と言ったウェイトレスが、親しい誰かのような感覚。
「ご注文は?」
「アイスコーヒー」
つい彼女を目で追う。他の客へメニューを渡す、コーヒーを運ぶ、テーブルを拭く……やはり、赤の他人には思えなかった。あまり凝視するものだから何度か視線が合って、慌てて目を逸らす。しかしすぐに、また姿を追ってしまう。
この感覚はいったい何なのか? ただの気のせい? 僕だけなのか?
コーヒーが運ばれてくる。見ず知らずの彼女が運んでくる。
「アイスコーヒーです」
「ああ、ありがとう」
彼女はしばらく僕のことをじっと見ていた。何事かと身構えた僕に言う。
「あの、失礼ですけど前にどこかで?」
「え?」
あまりに僕が見つめるものだから、不審に思ったか。
「……いや、前世で縁のあった人かなと、そう思ってたんだ」
苦しい言い訳に、思わず自分でも苦笑いする。が、彼女は意外にもあっさりと納得した。
「そっか、言われてみればそういう感覚に似てるわね」
豆鉄砲を食らったような僕を気にかけることなく、彼女は仕事に戻って行った。まさか彼女も、しかも一方通行じゃなかった、なんて考えると、無性におかしなことに思えてきて、笑いをこらえることができなかった。赤の他人の、マスターと客が僕に怪訝そうな視線を投げかける。ウェイトレスは、少しだけ微笑んでいた。
Fin.