monologue : Same Old Story.

Same Old Story

職業柄

「……どういうことよ」

妻が詰め寄る。片手には、紙面を僕に向けた週刊誌。ゴシップやでっちあげまがいのスクープ写真で有名な。

「だから、誤解だって言ってるだろう」

記事一覧のページには、僕の名前が控えめに綴られていた。文芸賞作家、既婚の女性編集者と深夜の打ち合わせ、なんて。

「どう誤解だっていうのよ。夜の二時にこんな繁華街に二人なんて、誰が見たって」
「だから、二人だけじゃないんだよ。二人きりみたいに見える写真が使われてるだけで、本当は他にも」
「この日はあなた、同窓会だって言ったじゃない」
「同窓生の奥さんだったんだよ」
「家内同伴の同窓会なんて誰がやるの」
「連れてきちゃったものは仕方がないだろ」

彼女は一向に収まらない様子だった。元々、一度言い出したら聞かないタイプなのだ。さて、どうしたものか。困り果てる僕を、彼女は罵り続けている。

「あなた、今恋愛小説を連載してるじゃない。あれの浮気の場面、まさかこの人とのことを書いてるんじゃないでしょうね。作家の中にはそんな職業病の人もいるって……」

ぶつぶつとつぶやく彼女の言葉に、僕はぴんときた。ひとまずこの場は適当に繕って、後で記事の編集者と一緒に事情を説明した方がよさそうだ。そのためのタネが、今彼女の口からこぼれ落ちた。

「そうなんだ、実は」
「……え?」

既に別の件を愚痴っていた彼女の、目がまん丸になる。

「ここ何年くらいかな、自分の身の上をネタにしないと書けなくなったんだ」
「……嘘」
「自分の過去の記憶と思い出を切り売りしてきたけど、もうそれも売り切れた。新しい何かがないと、もう書けないんだ」
「そんな」
「わかってる、こんなの病的だ。明日にでも精神科に行って相談してくるよ。だから、なあ」

一歩歩み寄った僕のこめかみめがけて、彼女の拳がうなりをあげる。素手ではなく、ガラスの灰皿を持ったその拳に、僕は簡単にノックアウトされてしまった。

気がつくと、情けなくも僕はフロアに横たわっていた。頭がずきずきと痛むが、どうやら致命傷ではないらしい。うめき声をあげそうになったところへ、彼女のすすり泣きが聞こえた。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

ゆっくりと彼女の方へ目をやる。僕の寝そべる横でフロアにへたり込んで、両の手で顔を覆い泣きじゃくっていた。どうやら、意識をなくした僕を、死んでしまったものだと思ったらしい。

「ごめんなさいあなた、こんなつもりじゃ……」

そう言いながら震える彼女を見ていると、まるで償いに自殺でもはかりかねないような……いや、彼女は元々そういう気質なのだ。思い込んだら聞く耳を持たない。

(やれやれ、全く災難だ)

僕はといえば、頭の中はとうに落ち着いていて、今回殴られた場面を、次に書くサスペンスにでも活かせないかと考えていた。そのうえ、もしかしたら、無理心中の現場にすら居合わせられるかも知れない。

(彼女が僕に止めを刺したり、家に放火なんかしなけりゃ、だけど)

もうしばらく死んだ振りを続けることにしよう。彼女はまだ、気付いていない。

Fin.

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