monologue : Same Old Story.

Same Old Story

宗旨変え

「ん、また宗旨変え?」

彼が私のネックレスを指して言う。

「確か先々週は数珠みたいな」
「別に仏教ってわけじゃないわよ。アクセサリなんて飾りなんだから、信仰心とは関係ないでしょ」
「それで、今日は十字架か。信仰心、ねえ」
「どうしたっていうのよ」
「いや、信じてないにしても無節操だなと思って」

そう言って乾いた声で笑う。社交辞令の笑顔と見抜いた私に、ばつの悪そうな顔で咳払いを返す。

「で、どうしたっていうの今日は」

コーヒーにクリームを流し込みながら問い掛ける。

空港線沿いから、一本住宅街方面に入った小さな横道。二つ目の交差点から五メートルのところにある、昼間も薄暗い喫茶店。聞こえるか聞こえないかくらいの音量で、モダンジャズが流れている。店長はほとんど奥に引っ込んでいる。秘密基地のようだと、初めて来たときに彼は笑った。私のお気に入りの喫茶店。

「まあ、いつものことなんだけどさ」
「いつものこと、っていうのはどういう意味で? 平和で愛し合ってるいつものあなたたち、か、私を呼び出さなきゃいけないくらい困窮したあなたたち、か」

彼が私を呼び出すのは、いつも恋人と喧嘩したとき、だった。価値観の相違、生活時間帯の食い違い、やれ誰に色目を使った使わない……彼の恋人は美人だけれど、それに見合ってか、プライドも高く引っ込みのつかないタイプの女のようだ。

「まあ、いつもの、ごたごたしてるっていうか」

捨てる神あれば拾う神あり、トラブルメーカーあれば交渉人あり、とは言いもしないけれど、大抵は私の妙案で解決に向かうか、私が直接彼女と交渉するか、で事なきを得るのだった。事なき、というのがどの程度か、も問題ではあるし、私と目の前の彼とその恋人は、きっとそのあたりの感覚がもう麻痺しかかっているのだろうけれど。

「私はいつからあなたのお姉さんなのかしら」

皮肉に彼が苦笑を返す。

私は、お姉さんになんてなりたくなかった。前を先導して歩く役なんて嫌だった。できることなら、空いているなら、今から隣にでも、なんて。けれどそれこそ、叶いそうにもないから、せめて近くを歩いていようと、なんて、そんな。

「俺こそ神頼みでもしたい気分、だったりしてね」
「これのこと?」
「宗旨変えでもしたらうまくいくかな」

ただのアクセサリにでも、何か神がかった力はあるだろうか? だとしたら、私にとって数珠は大した力を持っていなかった。十字架が私の立ち位置を変えてくれるならいくらでも祈るし、別の何かに変えれば救われるなら、いくらでも。

「そんな馬鹿みたいな理由で捨てられる神様だっていい迷惑だわ。それに、別に私は信仰なんて……」
「いつでも捨ててやる、って?」
「……本当に捨てたくないものがあるときにだけ、捨てて他所へすがったっていいんじゃない? ただの尻軽女じゃないわよ」

神頼みのひとつでもすれば願いが叶うんなら、いくらでも。

はは、と、また乾いた笑い声で、彼が小さな小箱を差し出す。シンプルな黒の、どことなく質量を感じさせる小さな箱。

「……何これ?」

蓋を開けるよう彼が顎で指す。中には、ティアドロップ型の小さなペンダントが入っていた。シルバーとパールの、控えめで上品な。

「あげるよ、それ」
「……いらないわよ。どうせ彼女に渡せなくってどうしようか、っていう話なんでしょ? プレゼントくらい気合い入れて頑張りなさいよ」
「や、そうじゃないんだ」
「……どういうこと?」

彼がペンダントを手に取り、引っくり返して私に見せる。そこには、私のイニシャルが入っていた。

「……どういうこと?」

何も飲み込めないまま、再度問い返す。

「別れたんだ、先週。で、俺も宗旨変え、を、しようと思って」

しばらく間を置いて、馬鹿みたいそんな言い方、と笑い飛ばす。彼が応える。別れ話の相談だったらいくらでもできるのに、贈り物をするのに神頼みが必要なんて、と。私は自分の十字架を外して、彼のペンダントを身に付ける。信仰なんて、宗旨なんて、いくらでも。ただ、隣を歩けるようになるなら。

Fin.

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