monologue : Same Old Story.

Same Old Story

隣部屋の出来事

「それで、僕がその、何だって言うんですか」
「いや、別に何だと言うわけじゃないんですがね」

まだ冬の入口だというのに、マフラーとコートと革手袋で完全防備のその男は、懐からごそごそと、一枚の紙切れを取り出して僕に見せた。

壁際から妙な気配。穴でも開いていて誰かが覗いているのか、なんて妙な考えを持つ

隣の部屋からぞっとするような音が聞こえる。あれはいったい何の音?

古いノートの切れ端のコピー、だった。日付もあることから、日記か何か、あるいは手紙の一部だろう。

「……これが?」
「お察しの通り、あなたの隣部屋の住人のものです。若い女性でした」
「さっきから、いったい何が言いたいんだ」
「いえね、別に、その、何だと言うわけじゃないんですが」

そう言って男は、僕をまじまじと見つめた。

「……知ってますよ、隣部屋の住人、その女の子のことは」

どうしてこんなくだらないことを話さなくちゃならないんだろう、と、ため息まじりに僕は切り出した。彼に話す必要なんてないはずだし、そんなことは僕が話す必要もないはずだった。男は、待ち構えていた獲物の尻尾を掴んだように、かっと目を見開いた。

「行方不明になったって言うんでしょう? 知ってますよ、そんなことは」
「それだけですか?」
「は?」
「知ってることはそれだけですか、と聞いたんです」

激昂して掴みかかりそうになるのを、何とか堪える。

「……じゃあ、やっぱりあなたは僕が、その事件に関係しているとでも言いたいんですか」
「いえ、そんなことは」
「嘘だ、さっきから黙って聞いてりゃ、言いたいように! いいか、僕は……」
「ええ、ええ、最後までおっしゃらずともわかっております」

余裕たっぷりの態度で、掌をかざし僕を制止する。

「その事件が、あなたの入居する一週間前に起きたということも」
「……そうだ。入居してからも何度か警察が来たけど、もう全部話した。僕は入居の三日前に、大家から聞いただけだ。隣の女の子とは顔を合わせたこともないし、事件があったらしい日にはここにいなかった。潔白だ。どこにも疑う余地はない」
「ええ、わかっております」
「じゃあだったらいったい」

僕の言葉を、再び制止する。

「このコピー、ご覧になったことは?」

さっきの紙切れをひらひらと振って見せる。

「……一度だけ、警察が持ってきたことがある」
「どう思われましたか?」
「もう一度言うけれど、僕は潔白だ。何かの証拠を見せたつもりになったって動揺しないさ」
「いえ、そうでなくてね。あなた、賃貸契約は二週間か一ヶ月かそれくらい前に結ぶでしょう? そして、入居の一週間前に起きた事件を、入居の三日前に聞く。あなたがいないあなたの部屋の隣で起きた事件のことについて」
「……?」
「この、ぞっとするような音、っていうのは何でしょうね?」

主不在の、僕の部屋から?

「……知るか」
「ええ、そうでしょうね」
「……帰ってくれ」
「ええ、そうですね。長々とどうもお騒がせしました。それでは」

散々僕をばかにした割に、あっさりとその男は引き下がっていった。

「ぞっとするような音、か」

眠っているときに一度だけ、聞いたことがある。今はもう誰もいないはずの、あの女の子が住んでいた部屋の方から。壁の向こうで、例えればまるで、何か硬くて大きなものを、一息に引き裂くような、本当に今まで聞いたことのないような音。

「……そういえば?」

さっきの男は誰だったのだろう? 私服警官というわけでもなかった、ジャーナリストという雰囲気でもない。僕はなぜ、あんな男とやり取りをしていたんだ?

ふと妙な気配、誰かに見られているような感覚に包まれ、ゆっくりと振り向く。そこには、真っ白な壁しかなかった。あの、女の子の住んでいた部屋の方。

Fin.

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