Same Old Story
雨宿り
- Shelter from Rain
- http://www.junkwork.net/stories/same/223
「やっぱりハッピーエンドがいいと思うわ、私は」
「どっちも変わらないよ。ハッピーでもアンハッピーでも」
「変わらないことないわよ、正反対って言ってもいいくらい」
「どうだかな」
雨を避けるために入った喫茶店は、私たちと同じ目的なのか、客でごった返していた。彼はカップから一口二口コーヒーを飲むと、少しためらいがちにそれを置いて、また同じ台詞を口にした。
「どうだかな。変わらないよ。スタッフロールの BGM がバラードかどうか、くらいには影響があるかも知れないけど」
「そんなことないわ。物語の本質もテーマも、そこに集約されてるんじゃないのかな」
私も同じ台詞で返す。映画もドラマも舞台も人並みにしか観ないけれど、彼とは十分も二十分も意見を戦わせていた。
「変わらないよ」
「変わるわ」
そのとき、隣の席に座った一組の男女、恐らく恋人同士が、声を荒げたやり取りをしていることに気がついた。
「彼ら、仲直りするかな? それともこれがきっかけで別れると思う?」
「わからないけど、仲直りしてくれた方がいいわ」
「どうして?」
「だって、後味が悪い感じにならなくて済むじゃない」
「赤の他人なのに?」
「赤の他人でも、よ。夢見が悪くならないに越したことはないわ」
やがて二人のやり取りは収まり、どうやら無事に仲直りを済ませたようだった。
「良かった」
「ハッピーエンド?」
「そうね」
「今日別れた方が良かったって後々思うかも知れないのに」
「ひねくれたこと言って。言い出したらきりがないし、死ぬまでわからないでしょう、そんなこと」
彼がまた、ためらいがちにコーヒーに口を付ける。
「そう、死ぬまでわからないよ、エピローグは。死んだらそれまで、ハッピーもアンハッピーも関係ない。ただ、そのとき周りにいた人間の、夢見心地に少しだけ影響を与えるくらい」
「まあ、極端な言い方をすればね……」
「目を閉じてみて」
彼の言うまま、目を閉じる。
「音が聞こえなくなると思って。ライツ・アウト、終劇だ。君は君以外のエピローグを忘れて、自分のエピローグに向かわなきゃいけない」
「何よ、それ」
「君は、今隣で起こったハッピーエンドを忘れる。来週の夕方までには、間違いなくね。僕のこともいつか忘れる。そうやって、自分だけの幕引きに向かう」
はっとなって目を開ける。そこには彼の姿はなく、隣に座っているのも、スーツを着た初老の男性一人だった。
「……白昼夢、なんて」
確か去年の今頃、今日のような天気の日に、当時の恋人とこの喫茶店に来たこと。今の今まですっかり忘れていた。誰もいない向かいの席と、窓の外を交互に眺めてつぶやく。
「そうね、ハッピーでもアンハッピーでも、やっていくしかないものね」
隣の男性が私をちらりと見て、また自分のカップに視線を落とした。私は鞄を手に、止みつつある雨の中を歩いて帰ることにした。
Fin.