Same Old Story
隠れた身の上
- Secret Fortune
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「だから私じゃないと言っているだろう、しつこいな」
「言うだけ言うがいい、お前にはそれくらいしか出来ないからな。毎度毎度こちらも手を拱いているだけじゃないんだよ……おい、持って来い」
はいわかりました、と若い男は丁寧に言うと、狭くて薄暗い部屋へ二人を残し、廊下へと出て行った。
「さて、十と四回目の取調室で、ようやくお前を檻の中へ送れるわけだ」
「君も懲りないね、私は関係ないというのに……」
「ふん、いつもいつも証拠不十分で釈放されていたが、今回ばかりは動かしようのない証拠が突き付けられる。お前が例の事件の現場で辺りを伺っている様子が、人知れず防犯カメラに収められていたというわけだ」
「はあ、そいつはどうも」
気のない返事をすると、被疑者は口の端だけ少し上げて笑った。刑事はそれを見て一瞬表情を引きつらせたが、すぐにまた余裕の表情に戻った。
「今のうちだ、余裕を見せていられるのも。今取りに行かせた証拠品に……戻ってきたな」
「警部!」
先ほどの若い男が息せき切って扉を開け、被疑者には一瞥もくれずに大声を上げる。
「何だ、騒々しい」
「それが、その……確認を!」
手元には携帯型の映像再生機が携えられている。被疑者がそれをにやついて見ているのを少しだけ気にかけながら、刑事は再生機の、大きく「再生」と書かれたボタンを押した。
「……ここ、十五秒あたりから出てくるだろ……おい、何だこれは」
「それが、その、今朝確認したときまでは……どういうことなのか」
「……誰だ、この映像に映っているのは」
刑事の顔から徐々に覇気が失せ、全身からも力の抜けていく様子が手に取るように、被疑者の男には見て取れた。再生機の映像、防犯カメラの映像に映っていたのは、被疑者の男とは背格好すら似ても似つかない、全くの別人のようだった。
「その、動かしようのない証拠がそこに?」
「……どういうことだ」
「どういうこと、って、私に聞かれても困りますがね。何か不都合でも?」
「何でもない……わかってるぞ、わかってるんだ!」
突然激昂して机を叩き付ける。
「何か、仕込んだんだろう!」
「そんな無茶な……どうしたっていうんですか、一体」
「ふざけるな、お前が手を回してるんだろうってことだ、その映像の……!」
若い男が刑事の肩を掴み、飛び掛りそうなのを遮る。かろうじて刑事が落ち着きを取り戻したところで、タイミングを見計らったように備え付けのインターホンが鳴った。それは、被疑者の男の釈放命令と、彼に迎えの者が現れたという通達だった。
「……今日は帰っていい」
「じゃあその、証拠は次回までのお預けということで?」
にやつきながら憎まれ口を叩く被疑者の男へ、刑事は静かに、感情を酷く押し殺した声で伝える。
「必ず、次だ。その次はない。必ずだ、覚えておけ」
生返事を返し、取調室を後にする。
被疑者の男を迎えに来たのは、彼と親子ほど年齢の離れた、ひどく若い男だった。
「やあご苦労ご苦労、今回はちょっと手間かけたね」
「……証拠映像までわざわざ撮らせた、のは一体?」
駐車場へ停められた若い男の車へ、肩を並べてゆっくりと歩く。
「あまりしつこいからね、あの刑事がさ。ひとつここで尻尾を掴んだと思わせておいて、釣っておいた方が今後何かとやりやすいだろう。これで迂闊に私を閉じ込めるわけにはいかなくなった、ということさ」
「はあ、なるほど」
「しかしお前の腕も大したものだな、防犯カメラの映像を書き換える、なんて」
「あれくらいの精度の映像ならわけないんですよ、顔やら何やらを合成するくらい。あんな粗い映像と少ないコマ数で、ほんの数秒程度なら尚更ね」
車のドアを開け助手席に乗り込みながら、釈放された男が続ける。
「しかしこれで、今後万が一不覚を取ってもいくらか奥の手が出来たな。監視カメラ程度ならどうとでもなる、私は別人でそこにはいなかった、と……顔写真くらいなら誰かを誰かに加工するくらい、わけないんだろう?」
「ええ、そうですね」
若い男が運転席に乗り込む。
「そういえば」
エンジンにキーを差し込んだ手が、助手席からの声で一旦止められる。
「お前、あまり見ない顔だな。うちに入ったのは最近か?」
その手がゆっくりと顔へと伸び、髪をかき上げてまた元の、車のキーへと伸びる。
「いいでしょう、僕の顔に見覚えがなくたって、どんなだって。あんただって実感したはずだ、自分の顔が誰かのものになったり、自分の身の上をどうにだって隠せることを。例えば僕が、あんたに酷い目に合わされた人間の縁者だったとしたって……あんたの隣の席まで潜り込めたことくらい、どうってことないだろう?」
エンジンを吹かし、視線をゆっくりと、助手席の男へ向ける。若い男の目の中には、表情には現れていない強い感情が見て取れた。静かに燃える、誰かの復讐のために。
Fin.