Same Old Story
身から出た錆
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「あの、ここって」
手元の鉄クズへ落としていた視線を、国道へ面した工場の入口あたりへ持ち上げる。若い女性の声が、油と錆の臭いの充満したこの場所に似合わない雰囲気で、僕に呼びかけていた。
「何か?」
「その、錆落としのことで」
「……ああ、それなら」
彼女の横を通り過ぎ、二階の事務所へ通じる階段をのぼる。
「下は鉄クズ専門なんだ。多分、あなたに役立つのは」
二階の事務所の奥にある、簡易の作業スペース。説明しながら二階の入口に着き、彼女を振り返ると、まだ一階の工場入口で躊躇している様子だった。
「……こっちじゃないかと」
入口を指差し不格好な作り笑顔を浮かべる僕を見て、何か決心したように、彼女は歩き出した。
「まあ、どうぞ」
「……お邪魔します」
恐る恐る扉をくぐり抜けて、小さな声と小動物のような会釈。ソファを指差して後ろ手に扉を閉める僕を恐々といった様子で見つめる。
「それで、今日は?」
「あの、こんなのおかしいと思うかも知れませんけど、広告を見てもしかしたらと思って」
「何か後悔でも」
彼女の白い長袖のジャケットの、袖口から小さな粉がぱらぱらとこぼれる。僕がそれを見逃さなかったのに気付いて、彼女はさっと袖を手で隠した。やっぱり、と思いながら僕は、何でもないふうに尋ねる。
「錆?」
「……そうなんです。まさか、こんなこと」
彼女の足元に散らばるのは、紛れもない錆そのものだった。
「どうして、こんな体に……」
身から出た錆、ということわざがある。自業自得について皮肉を込めて表す、先人たちの知恵。僕も数年前まではただそう思っていた。
「嘘かと思われるかも知れないんですけど、本当に」
「思わないよ」
しかしそれはただの比喩でないことがわかった。親父から工場を受け継ぐときに聞かされたこと。世の中にはひどく後悔するときに、体の一部から錆のようなものを排出する人がいるということ。工場ではそんな人を助ける業務を請け負っていること、そのための新聞の三行広告。ここには月に数人、突然の錆に困った人がやってくる。
「僕もまだ若いけど、何十人と見てきたからね」
彼女の袖をゆっくりとめくる。手首から肘にかけて、薄く錆が浮き上がっていた。
「どうしてまた?」
「……多分きっかけは、恋人に内緒で」
彼女が話し始めると、錆が浮いてはぽろぽろとこぼれる。悩みなんてものは話せば話すほどふくれあがって、ふくらみきったらあとはしぼむものだ。それでもどうしようもなければ、親父秘伝の錆落としを使うこともあるけれど。
「それで私、彼にひどいことを……」
話せば話した分錆はこぼれて、事務所の床は彼女の錆だらけになった。
「……それで、あわせる顔がなくって」
「会ってない?」
「……はい」
困ったことに、彼女の錆は衰える様子がなかった。さてどうしたものかと思案していると、ふと彼女の指輪が目に入った。
「それ、ペアリング?」
「え?……あ、はい」
「なんだ、偶然」
事務所奥の作業スペースの、個室へ続く廊下の扉を開ける。
「おおい、ちょっとこっちへ来いよ」
呼びかけに応じて、若い男がのっそりと現れる。彼を見た彼女が驚きの声をあげ、それに気付いた彼も驚く。二人は同じ指輪をしている。
「まあ、腹を割って話すっていうのもなくはないでしょ」
彼女の袖口と彼のジーンズの裾から、合わせてバケツ一杯分くらいの錆がこぼれる。僕は、埃とはまた違う粉っぽさに思わずむせた。
「まあごゆっくり」
床をほうきで掃きながら、奥の個室への扉を開ける。今回はきっと円満に終わるだろう、そう思いながら。
Fin.