monologue : Same Old Story.

Same Old Story

こちらの世界

「やめて、お願い……助けて!」
「いいやだめだね。君の仕打ちがどれだけ僕を傷付けたのか」

右手に持ったアーミーナイフを振りかざす。大振りの刃を見て、彼女の顔色がますます青白くなる。

「思い知れ!」

一気に彼女の顔をめがけ振り下ろす……が、彼女はぎりぎりのところでそれをかわし、一目散に駆け出した。頬でもかすめたのだろう、刃には少しの血と、彼女の髪の毛が数本絡み付いていた。ゆっくりとそれを取り除く。

「逃げたって無駄さ」

ここら一帯の地理は頭に入っている。彼女が隠れられそうな場所だって、全て。

「何せ念入りに下調べしたからな」

僕ははやる気持ちを抑え、辺りをうろつき彼女を捜す。程なくして彼女を見つけ、さっきと同じような口上の後、今度は間違いなく、刃を突き立てる。

「ゲームオーバーだ」

動かない彼女、右手に残る感触、したたり落ちる血……全てがゆっくりと色を失い、フェードアウトする。

「……60点、かな。いまいち、彼女の味わう恐怖感が少ない気がする」

頭にのせたゴーグルを外し、全身を覆う一体型のスーツを脱ぐ。瞬時に僕は、仮想世界から見慣れた自分の部屋に戻る。

参加体感型の超次世代型演算機、なんて触れ込みで発売されたこの装置は、元々軍事用に開発されたなんて噂が立つほど、驚異的な映像とシミュレーション能力を持っていた。物をつかめば確かにつかんだ感覚があり、擬似人格を相手にプログラムとは思えないほど順応力の高い会話をすることも可能だった。

「超次世代型体感シミュレーションゲーム、か」

例えば地球の裏側にある国へ架空旅行したり、中世の時代へタイムトリップしたり、有名人と同じような生活を体感したり…架空の世界で活動が可能なこのゲームは、とんでもない売上記録を築きつつ、一般家庭に広く普及していった。あるユーザは試験官の擬似人格を綿密にプログラムし、就職試験の面接の予行演習を行ったと聞いた。またあるユーザは、アイドルそっくりの映像とデートばかりしているとか。

「……くだらない」

この装置の真の価値はそんなところにはない、僕は確信していた。この装置でしか実現できないシミュレーション。僕の場合は、復讐、だった。

「彼女が一番苦しんで、誰にも目撃されないようなやつだ」

条件設定には膨大な時間を費やす必要があった。彼女だけでなく、実行現場周辺の再現も緻密に行い、第三者に邪魔されないようなタイミングがいつ生まれるか、彼女に怪しまれずにどうやってそこへ導くか……課題は困難だらけだったが、完璧に近付くたびに僕は興奮を覚えた。

またも路上通り魔? 白昼、目撃者のない犯行

それとなしにつけていたテレビに、テロップが流れる。僕は、僕と同じ目的でこの装置を使い、実行に移しているやつがいることを確信していた。

「……詰めの甘いやつだ。あんなものじゃ満足できないだろうに」

恐らく復讐だろうが、ひどく単純な報復に終わったらしい。

「シミュレートは何回だってできる、本番は一度っきりだ。何度も何度もよく検討して、抜かりがないようにしないと」

僕はそうつぶやきながら、おかしな感覚を覚えていた。彼女を実際に襲ったら、もうそれで終わってしまう。シミュレーションの中で何度も何度もリアルな彼女の悲鳴を聞く必要も、なくなる。もう、聞けなくなる。たかだか一度の満足のために、今こうして繰り返し復讐して充足を感じているこのシミュレーションを、果たして切り捨てる意義があるのか?

それとなしにつけていたテレビに、テロップが流れる。

犯罪率、異例の激減 ―― 数カ月の異様な変遷

犯罪は高度化複雑化しているが、件数自体は大きく減っているというニュース。減少時期はちょうど、この装置の発売頃から。僕は、僕と同じ目的でこの装置を使っているやつがいることを、確信している。

Fin.

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