monologue : Same Old Story.

Same Old Story

訪問者

「ああ」

どこからか薄いため息が聞こえる。にじむような意識で、泥のように沈んでしまう頭を、なんとか持ち上げる。

「ああ、ああ、あーあ」

まただ。落胆の声。僕は薄暗い場所、僕の部屋の、ベッドの上にいる。体はまだ横たわったまま、まどろんでいる。

「失敗だね、こりゃ」
「そのようだな」
「見りゃわかるよ、もう起きてるもの。まだ二時間かそこいらなのに」
「予定ではどうだったんだ」
「半日ぐらいはぐっすりのはずだったのにね」

誰か、二人の会話が聞こえる。声のする方へ顔を向けようと、ゆっくりと持ち上げる。

「……起きるね、こりゃ」
「良くないな。今にもこっちを見そうだ」

その声に応えるつもりではなかったけれど、僕は何とかして瞼を持ち上げ、誰が何を話しているのかを確認しようとした。まだ少しだけ、頭はどこか遠くの空を浮いているような感覚を味わっている。

「やあ、おはよう。こうなったら仕方がない」
「……誰だ?」

声は、僕の部屋の入り口、玄関を入ってすぐのところから響いていた。見覚えのあるようなないような、何の変哲もない普通の服を着ているのに、どこか異国の人間を感じさせる二人組みが立っていた。僕の部屋に、扉も破らずに、静かに佇んでいた。

「……誰だ」
「まあ焦ることはないよ、一通り説明するから」
「どうやって、部屋に」
「難しいことではないんだけどね。そんなことより、何か思い出さない?」

二人をじっと見据える。まだ視界は少しにじんでいる。

「……今日の、昼に……」
「まいったなこりゃ」

二人組みの片方が天を仰ぎ、いかにも仰々しく素っ頓狂な声をあげる。

「やり直しだやり直し、さっさと頼むよ。俺は外にいる」

そう言うとその男は、扉を開けて外へ出て行ってしまった。残った方がため息をついてから、僕の方を見やる。

「まあその、可哀想っていうのは、僕らが勝手に思ってることだからね。本当はちゃんと、しっかり実施された方がお互いのためになるんだ。ただ何となく、背徳というか、罪悪感のようなものを勝手に覚えているだけのことで……」
「待て、待てよ」

少しずつ頭が冴えてくる。

「微かに見覚えはあるけど、誰なんだよあんたたち。どうやって僕の部屋に入ったんだ」
「そこなんだよね、問題は。微かに覚えているのがとても良くない。どこかで僕らに出会って、また思い出すのも良くない。できればしっかりと忘れて、しっかりと眠っておいて欲しかったんだけど。何が不調なのか……君がタフなのか」
「……何言ってんだよ」
「例えば都市伝説、知らないかな。黒ずくめの男が、未確認飛行物体の証拠を隠滅して回る」

思わず気の抜けた声を漏らす僕。少しだけ苦笑いする、正体不明の男。

「まあ、そんなもんだね。ちょっと君が予定外に巻き込まれたもんだから、忘れさせて家に帰したつもりだったんだけど。どうも調子の悪いことがありそうってんで、僕らが派遣されてきたら案の定」
「ちょっと待てよ。僕が、何か……機密事項とか、そういうのでも見たのか?」
「そうだね。そんな感じ」

そう適当に応えながら、男は右のポケットに手を突っ込んで、何か取り出そうとする。僕は慌てて、それを制止するように声を張り上げる。

「なあ、なあって。もしかして、また忘れさせて……っていうようなやつ?」
「それ以外に何かあるかな。わざわざ家にまでお邪魔して」
「その……見逃してもらう、とかは」

急に自分が何かに巻き込まれ、特別な、映画の主人公のようになった気分。しかしそれも束の間で、あっという間に舞台から引き摺り下ろされそうになっている。どうにか、もう少しだけでも、楽しめるような状況にはならないものか……好奇心が瞬時に頭を冴えさせ、舞台にしがみつく方法を模索している。

「いや、だめだね。見逃して問題がないなら、君を放っておいていけない理由はないだろ。僕は無駄な仕事をしないたちで、わざわざここまで来たんだから、あとはしっかりと仕事させてもらうよ」
「頼むよ、ねえ、お願いします。ずっと夢だったんだよ、その……政府か何かの機密機関で活躍するなんて、ちょっと子供じみてるけど。でも、こんな縁、諦めようって気にはなれないよ。頼むから」

形振り構わず懇願する僕。ついには彼に掴みかかろうかというところまで詰め寄るが、彼に制止され、寸でのところで立ち往生する。

「まあ……君、面白いね。普通はこんな状況、飲み込む前に仕事が終わるんだけどさ。頭はそこそこ回りそうだ……それとも、何か資質があったのかな。だから最初の記憶施術がうまくいかなかったのかも知れない。だとすると僕は、君を見過ごすわけにはいかない、のかも知れないね」
「そうだ、そうだよ。ちょっとは見直したろ、僕だって君のようにやれるかも知れない」

彼が、さっきまで手を突っ込んでいた右のポケットを少しだけ広げてみせる。

「このポケットの中に、二時間前、君の記憶を消した装置が入ってる。今もそれを使おうと思ってたところだけど、ちょっと見合わせようかなと思う」
「ぜひ、そうしてくれると」
「ついでにもうひとつ、試してみたいことがある。君の適正審査というか、そんな感じだね」
「それは、僕を雇ってくれるっていうことかい?」

もしかするとあるいはね、とつぶやいて、今度は扉の外を指差し、小声で囁く。

「扉の向こうに、僕の相棒が立ってる。彼と僕は同じ職場の職員だ。職場には定員があってね、君が雇って欲しいというのなら、誰か……例えば彼をクビにしなけりゃいけない」
「でもそんなの、どうやって」
「簡単だよ、僕のこの装置を使って、彼の記憶を消してしまえばいい。彼がこの仕事を始める前のところまでね」

少しだけためらう気持ちもあったが、こんな体験もあるもんじゃない。見過ごす手はないだろう、と、僕は扉にそっと手をかける。

「これを持っていきなよ。彼に気付かれるんじゃないよ、彼だって解雇されたいわけじゃないだろうからね」

彼が、僕の手に何やら不思議な物を握らせる。これがその装置というわけか。

「なんてことはない、きっとやってみせる。そうしたら僕も、空想小説のような世界に行けるんだろ」
「気をつけるんだね。彼だってもちろんこの装置を持っていて、君の記憶を先に消してしまうかも知れない。それだけならいいけど」
「……それだけなら?」

彼が満面の笑みで、手振りを交えて説明してくれる。

「いやね、彼凄腕でさ、熊くらいなら仕留めちゃうらしいんだよ。もちろん武器も持ってるし」
「……そんな、気付かれたりしたら」
「さあ、死ぬかもね。頑張ってね、今さら引き返すなんてできやしないよ。君にその装置を持たせた以上、相棒がどちらか一人に絞られない限りは、僕が始末をつけなけりゃならない決まりになってるんだから」

彼が左のポケットに手を突っ込む。少しだけ空気が冷たく重くなって、背筋を流れ落ちるのを感じる。

Fin.

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