monologue : Same Old Story.

Same Old Story

芸術裁判

「しかし、まさかこんなことになるなんてね」
「物は言い様で、言ってしまえば簡単だけども、運命的なものを感じるね」

数年振りに旧友として顔を合わせた彼は、幾分やつれているようにも見えた。あるいは、この陰気な狭い部屋の照明の関係で、そう見えているだけかも知れないが。警備員は、二人の会話が聞こえない振りをしている。

「じゃ、そろそろ。君も仕事があるだろ」
「ああ……惜しいね、もっとゆっくり話したかった」
「仕方がないさ。その、会合……裁判は、十四時きっかりと決まっているんだから。お役所仕事だろうからさ、きっかりでないといけないんだ」

僕は苦笑いを残して、面会室を立ち去る。彼は警備員に付き添われて、拘置所の薄汚かろう部屋へと戻っていく。一時間後に控えた、裁判を迎えるために。

「しかし嫌な時代になったもんだね、芸術に但し書きが要るなんてさ」

彼の言葉が頭をよぎる。僕の言葉は正しかったのか。

「ずっと昔っからそうさ、美術館で絵を観る人の少ないこと。横に書かれた、注釈と年表ばかり気にしてる」

数年前から、世界の情勢、経済、宗教、戦争、教育、情操……全てをひっくるめて考えた一部の人間が、芸術に制約を設けることで満場一致を勝ち取ってしまった。音楽、小説、映画、絵画、ゲーム……およそ創造的な物事には全て、審査機構や倫理委員会が設けられ、社会風紀に反したり非人道的であったり、または政治思想的に危険だと判断されたものは、一切が排除された。そのために芸術裁判と揶揄される裁判が用意され、多くの芸術家が、表現者としての沈黙を強要された。

「いや、そうじゃないね。何というか……何を忘れてしまったんだろうな」

僕の古い友人が、その裁判にかけられることとなった。若干過激な表現を持ち味としていた彼は、いつかそんな日がくるとはわかっていたが、あちらこちらの教育機関などから訴えられることとなった。

開廷のベルが鳴り、彼が被告人として証言台に立つ。聴衆が息を潜めて、裁判官の言葉を待つ。

「被告は」

誰かが唾を飲み込む音。

「当局より提出を求められた、被告の作品に関する要旨説明文書、および表現方法の選択に関する答弁文書を用意しましたか?」
「していません」
「……それは、なぜですか?」

原告らから、彼が創った作品に関しての説明が求められており、もしこの段階で原告らが納得できるものが用意できれば――現実的にはまずないが――控訴は取り下げられることとなる。しかし彼は、そのチャンスをふいにしてしまった。

「理由は」

またも誰かが唾を飲み込む音。聴衆か、裁判関係者か。

「書類の上で説明できることなら、私はそれを取り上げなかったからです。理屈を並べて誰もの心に届くなら、音も絵も比喩も要らなかったからです」
「…………」

裁判官は沈黙を選ぶ。かすかに、続けて、と声を発した気がする。

「私は、何かの欠けた満たされない人間です。だからこそ、十分にあなたがたとやり取りする方法がなかった。だからこそ、ときに過激な表現を使ってメッセージを発した。それがわずかに届いた瞬間に、全て拒絶されこのような場所に呼び出されたのは、とても悲しいことです」
「……それでは、被告は」
「表現の自由、なんて陳腐なことを言いたいんじゃない」
「処罰を受け入れるということですね?」
「こんな悪法は、僕から会話の方法さえ奪うってことだ」
「拒否するのであれば、再度審問会議にかけられ、より重い刑罰が」
「茶番だね」

彼が懐から、真っ黒な鉄の塊を取り出す。今にも暴発して何かをぶち壊してしまいそうなそれを、銃口を、彼は自分のこめかみに当てた。

「……警備隊、被告を!」
「こんな場所でこんなことを、ってのも、いくらか象徴的なことだと思わないかな。こんな最期も、芸術家として、そうだな……悪くないのかな」

瞬間、破裂音が響く。しかしそれは、彼の頭を狙った拳銃から発せられた音ではなく、彼の利き腕の肩口を狙って警備員が構えた、ライフルから発せられた模擬弾が命中した音だった。勢い良く後方へ吹っ飛び、彼が警備員らに取り押さえられる。数分の、まるで大捕り物の舞台を終えたような空気の中で、彼がぼそりとつぶやく。

「しかし嫌な時代になったもんだね、芸術に但し書きが要るなんてさ」

彼の目尻には涙が見えた、ような気がした。

「ずっと昔っからそうさ。飾られた絵より、芸術家が辿った悲運の方が好かれるんだ。それが絵よりずっと、話の種になるからね」

僕は、力なく彼に応える。裁判官として法を守る僕は、どんな悪法にも従わなくてはいけない。例えそれが、旧友を理不尽に裁くとしても。右手に持った木槌を叩き、閉廷の合図を鳴らす。

「ずっと昔っからそうさ、こんなこと」

人垣の合間から、警備員に取り押さえられもみくちゃになった彼が見えた。僕は、法衣の重さに肩凝りを感じながら、法廷を後にした。

Fin.

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