monologue : Same Old Story.

Same Old Story

歩く男

「ねえ、あの、あなた」

ふいに僕を呼び止める声に、できるだけ自然に気が付き、できるだけ自然にそちらを振り向く。足を止め、誰もが口にしそうな台詞を探る。

「僕のこと?」

そう言ってから周囲を見渡す。田畑の真ん中に位置するこの畦道を歩いているのは、およそ目につく範囲では僕だけのようだ。そのことを確認して、もう一度声の主へ視線を投げる。

「そう、あなた」

僕を呼び止めたのは、十代後半から二十代前半といった年頃の女性だった。

「……えっと、以前にどこかで?」
「いえ、初めてお会いすると……お話しをするのは初めてです」

記憶の中から彼女らしき人物像を探るが、思い当たる節がない。尋ねてみれば、どうにも歯切れの悪い曖昧な答えが返ってきた。話をするのは初めてだが、顔を突き合わせることについては保留する、ような。

「……それで、何か」
「こんなこと、突然伺うのも失礼かと思ったんですが」

恥じらうようなもじもじとした素振りをみせ、少し逡巡した後に、思い切り投げかけるように半ば身を乗り出して、彼女が僕に問いかける。

「あの、いったい何をされてるんですか?」
「……何を、ってのは?」
「この、こんな田舎みたいな畦道を歩き回って、いったい何を?」

彼女の言葉はなかなか要領を得ない。僕がこの道を歩いていることが、何か気に障るのだろうか。

「その、何をって、歩いてるんだけど」
「移動でしたらもっと、バスも電車もありますし、車やバイクや、自転車だってあると思うんです。どうしてわざわざ歩く、なのか、それが気になるんです」
「……ああ、はあ」

呆れたような声をうっかり出してしまった僕をあまり気にかけずに、彼女は熱っぽくまくし立てる。

「私、近くの大学に通ってるんですけど、あなたのこと、皆が気にしてるんです。歩く男、なんて都市伝説みたいに言う人もあって。私そういうの好奇心強くて、つい、その、我慢できなくなって」
「声をかけた、っていう」
「そうなんです。どうして、歩いてるんだろうなって」

ようやく話の筋道がみえる。彼女は軽い興奮状態で僕の返答を待っているようだ。こういう、くだらない根も葉もない憶測が、彼女らにとって上質の娯楽なのかも知れない。例え僕が迷惑を被っているとしても、だ。もっとも、彼女にはそんなことの想像もつかないのかも知れないけれど。

僕は少し迷ってから、言葉を選んで話し始めた。

「あの、知ってるかわからないけれど」

彼女が目を輝かせる。

「五年くらい前、多分君が中学生くらいの頃かな。ここで殺人事件があってね。殺人というか、正確には遺体遺棄といえばいいのかな。若い女性の遺体が見つかったんだ」

心なしか、微かに青ざめる彼女の表情。

「その子、当時の僕の恋人でね。無残なものだったよ。今でもずっと夢に見るんだ。夢に見るたびにここを歩いて、彼女の痕跡が残ってないか確認する。もう何も残ってないことを確かめてからでないと、眠れなくて。もう五年も経つのにね」
「……あの、あの、私」

微かに頬が上気している。触れてはならないことに触れてしまったときに特有の、膨れ上がる後悔の感覚。きっと彼女は今、どうしようもない感情の渦に飲み込まれて、必死にあがいていることだろう。

「ごめんなさい!」

思ったよりも早くそこから抜け出し、深々と頭を下げる。何やらまとまらない様子で、最初よりもずっと歯切れ悪く、延々と謝罪を述べる彼女。僕は、ついこぼれる笑みを隠し切れなかった。

「なんて、ね。冗談だよ」
「……え?」
「ついからかってみたくなったんだよ、君があまりに不躾で」
「そんな、ひどい、私のこと騙したんですか?」

後悔が憤りに変わり、僕を責め立てる言葉を探す彼女の、言葉を遮るように言葉を投げる。

「逆だよ。僕が殺したんだ。ここで見かけた、見知らぬ女を。そのときの感覚が忘れられなくて、今も次の相手を探してるってわけさ。君みたいな、おあつらえ向きの」

僕が全て伝える前に、彼女は言葉もなく一目散に駆け出してしまった。後姿を見ながら、小さくつぶやく。

「本当か嘘か、今度は確認しなくて良かったのかな」

都市伝説の主役は、歩く男から何か別の名前に変わるだろうか。そんなことを想像しながら。

Fin.

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