monologue : Same Old Story.

Same Old Story

倦怠

「どうもいけないな、結構時間を割いてるんだけど」
「なんだよ、浮かない顔じゃないか。いや、あまり顔色も良くないな」
「そう、それなんだよ。眠っているのに、疲れが取れないんだ」

職場で机を並べる僕の同期が、いつもと一味違う真剣な眼差しで僕を覗き込む。凝りをほぐすように肩を回していた僕は、思わず唾を飲み込んだ。

「睡眠の質が良くないんだろう……時間だけかけたって無駄だぜ、そういうのは。専門家の意見を聞いて、短くても深い眠りがとれるようにするんだな」
「……専門家って、いったい誰だよ」
「誰でもいいよ。精神科医でもカウンセラーでも、スピリチュアル何とかでも」

冗談を交えながらも僕を心配してくれているのだろう、彼に密かな感謝はしつつ、思うほど体力のない、体調の整わない自分を嘆かわしく思いつつ、それから数日が過ぎた。

ある休日、何となしに自宅で過ごす僕のところへ、ここらではあまり見ない風貌の来客があった。

「どうもはじめまして、こういう者ですが」

ドラマのような台詞回しで、彼は僕に身分証明証を見せた。地元の警察署の名前が書かれた手帳に、その来客の顔写真が貼り付けてある。まさか僕の家に、私服刑事なんてものが訪れるとは夢にも思っていなかった。

「……あの、どういう?」
「まあご想像の通り、事件の捜査でここらの住人の皆様に聞き込みをやっています。今お時間よろしいですか?」
「ええ、まあ、構いませんけども。でも参考になるかな、その……事件とか、あったことも知らなくて」
「ご存知のことを教えていただければ。四日前の深夜二時頃、何かお変わりのことは?」

四日前、というと平日、その深夜。翌日に仕事が控えて、普通に眠っていたはずだ。僕がそう告げると、私服刑事は表情ひとつ変えず、誰か一緒にいたかと尋ねる。

「それは、アリバイとかってことですか?」
「まあ、そういうわけではないですけど」
「ちょっと、僕何か疑われてるんですか?」
「あなたと同年代で同程度の体格の方が、そこの……外の通りから見えるベランダに今干してあるスウェット、それと同じ物を着て現場にいたという情報がありましてね」

彼の目は明らかに、点と点が結べたときの歓喜と確信に満ちていた。何かしらの事件の現場にいた不審人物、それと同じ服を持った僕が、同日同時刻のアリバイを持っていないというのだ。

「でも、服なんて同じ物がいっぱい溢れ返ってるじゃないですか。歳だって体格だって」
「あのスウェット、三年前に発売されたもののブランド側の事情で廃番になり、市場には二百着ほどしか出回っていないそうですね」

疑惑に満ちた目で僕を見る彼。任意同行でも要求されるかと肝を冷やしたが、彼はそれ以上は何も言わず、また来ますとだけ告げて去っていった。

折からの不眠に加えて不穏な来客があり、まさか僕は夢遊病で、眠っているつもりの間に何かしでかしたのではないか、と徐々にそんな気になっていた。しかしそれ以降、その刑事が僕の家を訪ねることはなく、その四日後、今度はまた別の見知らぬ来客が訪れた。

「どうも、こんにちは。はじめまして、ですね」
「はあ」
「あの、お知らせしたいことがありまして。先日、警察の人がやってきたかと思いますが、もう彼はここには来ないと思います」
「……どういうことですか?」
「捜査取りやめというか、一から出直しですね。あの服……スウェットの情報、僕が出したものだったんですが」

にこやかな中に、どうもしっくりこないものを感じさせる表情を浮かべる、その男。

「あなた、誰ですか?」
「ある事件の目撃者で、被害者の友人だった者です。一週間前、警察に犯人の背格好やスウェットのことを話しました」
「……それで、どうして僕にそのお知らせを?」
「関わった者としてあなたに伝える必要があると思ったのと、あとはまあ、野暮用というか」
「はあ……どうして、操作は一からってことになったんですか」
「僕が情報を取り下げたからです、見間違いだって」

ますますわけがわからなくなる。目撃者で被害者の友人のこの男は、犯人候補らしき僕を目の前にして、犯人逮捕の取っ掛かりを取り下げたことを宣言している。

「あの、意味がわからないんですが」
「簡単なことですよ、警察の手を借りなくて良くなったってことなんです。犯人をどうしても逮捕して欲しくて目撃情報を仔細に伝えましたが、どうやらその情報……スウェットの数が相当少なくて、容疑者はあっという間に絞れた、っていうことで」
「それで、どうして……」
「あとは、警察に任せておく気にはならなくなったってことですよ。僕は犯人が刑法で裁かれることを望んでいるわけじゃない。被害者……友人のために復讐をしてやりたい。犯人の目星さえつけば、警察だって用済みっていう」

ぎらりと彼の目が輝いたような、そんな気がした。ついに復讐を高らかに宣言した彼は、今にも僕に飛びかかってきそうだった。ここまでやってきてここまで話す彼のことだから、恐らく僕に対する復讐の手段も周到に用意されていることだろう。全ての抵抗が意味を成さないかも知れない、なんていう絶望が僕を覆う。もしかしたら後ろ手に、ナイフの一本だって持っているかも知れないのだ。

「あの、ちょっといいですか」

夢遊病だ何だと言ったって理解してもらえるとは思えない。僕は、ひとつだけ、確認しておかなければならないことを尋ねる。

「僕、何やったんですか?」

Fin.

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