monologue : Same Old Story.

Same Old Story

真実そのほか

「遅い時間まで熱心だな」
「あ、お疲れ様です」

日付が変わるまであと二時間ほどだろうか。編集部に一人残って作業を続けていた僕に声をかけたのは、同じ大学出身の先輩だった。大手の新聞社のいち部署内となると、同じ大学はもちろん同じ地方出身の人間も少なく、僕は一方的に親近感を抱いていた。

「来週号の記事?」
「二週後です。速報でも載せようかと思ったんですけど、きっちり書いてプレゼンしたら特集扱いにもできるかと思って」

僕が作業していたのは、週刊誌の合併号用に用意した記事だった。

「現職警察官の告発、驚愕の実態……ね」
「知り合い……学生時代の同期から証言がもらえたので、内部告発物が書けるってことで」
「未解決事件の粉飾だって?」
「そうなんですよ、ちょっと耳を疑いますよね」

デスクの上に散らばった写真と資料をざっとかき集め、整理とも言えない整理を何度か繰り返す。どうにか写真は写真、文章は文章、メモはメモらしき定位置に落ち着けることができ、僕は説明に舞い戻る。

「先週報道された時効直前の逮捕劇、あれが偽装だっていうんです。あの、例の……都心部を中心にした連続殺人の……」
「未成年が四人殺されたってやつか」
「それです、それ。大々的な発表でしたけど、本質何も解決してなくて、今拘留されてるのは替え玉なんだっていう」
「何のために?」

ごみ箱へ投げ入れる予定だった古いメモ用紙とボールペンを握り、解説に熱がこもる。

「見せかけの検挙率向上と、治安が維持されてるっていうアピールですよ」

検挙率が低くなれば警察機関に対して世論は厳しくなるし、凶悪事件犯人を取り逃したままとなれば、それはなおさらだ。僕の同期が証言したのは、一部の警察幹部が未解決の凶悪事件に対して、架空の犯人を用意して見せかけの検挙を行っている、というものだった。それによって世論を欺き、この国が法治国家であると訴える役目がある……というのだ。

「記事はいいけど、この告発以外に裏は取れてるのか?」
「とりあえず、カマかけてみたら複数のそれらしい証言は取れましたけど……」
「複数、ね」

そういうと先輩は、僕が書きかけていた記事をごみ箱へ投げ入れた。

「……ちょっと、何するんですか!」
「くだらないと思ってな。お前はもうちょっと洞察力があると思ってたが」
「……どういうことですか」
「逮捕劇を真っ先にスクープしたのはどこだかわかるか。うちの本社がワイドショーで速報流してんだよ」

ほんの少し逡巡する間に、頭の中を、持ちたくもない推論が勢い良く駆け巡る。

「まあここまで言えばわかるな。偽装にはうちの本社も絡んでんだよ。でっち上げの片棒担いでる」
「……そんな」
「逮捕された人間の行く末を見守るやつなんていない。塀の向こうで起こってることもわからない。死刑囚が首を括られてるところは誰も見たがらない。誰が何をしでかしてその後どうなったか、当事者たち以外にとってはどうでもいい……関知できないことになってるんだよ」
「そんな、まさか」
「報道番組が全て真実だと思ってる連中にとって、この世の中はほとんど記号で出来てんのさ」

薄暗い編集部から出て行く間際、彼は振り返ってつけ加えた。

「特集組みたいんならタレントの追っかけでもやるんだな。その方が数字取れる」

薄暗い編集部の、蛍光灯が少しトーンを落としたような気がした。

「……だとしたら」

ボールペンを握りしめる。

「むしろ都合がいいじゃないか。記号がどう並ぼうと関知しないなら、なおさら」

新しい記事の構想を、大きな樹の根のように張り巡らす。世論を、世間を、与えられた情報が真実だと思う人間が多くいるのなら、それを上手く舵取りできれば、大きな力を得られるんじゃないか。十年や二十年掛かるかも知れないが、その力を得られるのなら。原稿用紙とメモにペンを走らせる。

Fin.

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