monologue : Same Old Story.

Same Old Story

自主統制

「おやまあ、大層なことだね」

いくつか届けられた書類サイズの封筒から、それより一回り小さいモノクロ写真を数枚取り出し、机の上へ無造作に投げやる。写されているのは、おそらく外国人と思われる男の無惨な遺体だった。

「先週から続いてる暴動の写真かな。軍事クーデター目前っていう……どこの国だっけ?」
「違いますよ主任、今朝都心で見つかった遺体だそうです。国内ですよ」
「ああそう、物騒な世の中だな……まあ、カメラマンもよくこんなもの撮ってよこすよ」
「何でも買いとっちまいますからね。コネも欲しいんでしょう」

報道管制室と看板を掲げた会議室内で、数人の男たちが話し合っている。国内でも指折りの大手メディアを子会社に持つその会社内では、どの事件を次のニュースの話題として扱うのかあらかじめ取り決めておくことが慣例だった。事件として報告される情報を、各メディアを通じて配信する前にふるいにかける、という習慣。

「……今年に入ってから、こういう事件多いですね。未解決率も高いんでしょう」
「そうらしいな。全数を把握はしてないから、らしい、としか言えんが」
「ほとんど報道はしてないようですが、いいんですか。また抗議活動があるんじゃないですか」
「何でもかんでも流せばいいってもんじゃないさ。有害なだけの情報なんて、伝えないことは罪にならんよ」

眼鏡を掛けた若い男が、初老の男に食い下がる。

「有害かどうかは僕らの物差しでいいんですか。例えば地域での警戒活動とか、そういう利益も」
「警戒だけしてくれりゃいいが、類似犯罪の誘発ということもあるだろう。危機管理能力がない連中の意識を煽ったってろくなことにはならんさ」
「どうしてそう言い切るんです。犯罪件数の全数把握もできないのに、どんな基準でそんな行動を」
「おい、今日はやけに噛み付くな。俺だって良かれと思ってやってるさ」

初老の男が、若い男の肩に手を掛け、顔を寄せる。瞳の奥には、何か薄暗いものが宿っているように見える。

「悲しいことを知らせるにはタイミングってもんがある。俺だって、一般市民を蔑視だけするつもりはないよ」
「……ならどうして、特定の情報を意図的に隠すんでしょうか」
「隠すなんて聞こえの悪い、大体そんな偏向して規制してることなんてどこに……」

若い男の右手に、変哲のない名刺が握られている。初老の男はそれに気付くと、一瞬顔を強張らせた。

「この名前、ご存知ですよね」
「……まあ待て、俺が悪かったよ。その件についても、一存で決めるわけにはいかんから、週末にだな……」

誰もが知る有名人の許されざる行動を、誰もに広く知らせることをためらう。初老の男の背景に何か意図があることは、誰の目にも明らかであろうことだった。初老の男は狼狽しつつ、若い男を懐柔する。そして若い男の眼光が、かつて自分にも備わっていたような、そんな感覚を覚える。自分が若い頃には確かに、真実を追究して広く明らかにする意志があったのではなかったか。

「上層部にも掛け合ってみるさ」

一存も、上層部も、どこにもない。初老の男はいつも思う。情報を選別して管理報道しているような気にはなっているが、自分自身さえ統制の一環に組み込まれているのではないか。そしてそれは自分だけでなく、若い男も、この部屋にいる全ての同僚も、自分の上司も、皆同じように選ばされたり、除外させられたりしているのではないか。若い彼を青いと笑う誰かも、老いた自分を追求する誰かも、皆同じ環の中にいるのではないか。

「とにかく、許可が下りたら、だな」

掛け合う上層部でさえ一存など持たない。全体を見通す者など、どこにもいない。初老の男はいつも思う。誰も抜け出せない暗い密室。この報道管制室がそれでないことを、いつも願う。

Fin.

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