monologue : Same Old Story.

Same Old Story

君がそこにいた

「やあ、ちょっといいかな」

二人掛けの小さな丸机が並べられたレストラン。私は一人でその店に入って、ランチを注文してメニューを放り投げようとしていたところだった。メニューから目を離すと、いつの間にか同じ机の、向かいの席に一人の男が座っていた。

「……どちらさま?」
「その、名乗ってもわからないと思うけど」
「女の子探してるんなら人違いよ」

予定通りメニューを放り投げる。男は意に介さずしゃべり続ける。レストランの二十程ある丸机はほぼ客で埋まっていた。静かな喧騒に男の声は埋もれて、隣の机まで届くか定かではない。

「君、俺に見覚えないかな。ちょうど二日前、ほら」
「……何だったかしら」
「とぼけてるね、わかってるんだよ」

どことなくならず者のような雰囲気を漂わせるその男は、親しげな口調とは裏腹に、無言の圧力のようなものを潜めて私を見つめる。

「ちょうど二日前だ。君、夜の十時過ぎに繁華街からここへ向かって歩いてたろ」
「……覚えてないわ」
「覚えてるさ。俺と目が合って、立ち去ったろう。俺が通りの裏路地へ向かったのを見ていたろう」
「だったらどうだっていうのよ」

確かに、この男はそのときそこにいたような気がする。といっても何気なく見かけたという程度で、この男がそのときの男と同一人物かどうか定かではないし、そんなことを考えることもなかった。ただ、本人が言うのならそうかも知れない。

「ほら、あれだ」

男が、カウンターキッチンに置かれたテレビを指さす。ニュースが流れ、若い女性が行方不明になった話題。どうやらこの町の住人らしい。

「彼女、俺の女だったんだ。もう生きちゃいないがな」

男がますます声を潜める。

「二日前、俺がやったんだ。片付けてるときに君がやってきた。唯一の目撃者ってわけだ」
「……そう、それで?」
「どうってことはない、黙っててくれりゃいいんだ」

口封じの割にやり方が弱気だと、私が思ったことを、男が見透かしたように思えた。

「もちろん、君次第で無理強いしなくもないが」

ウェイターが、私のランチを運んで来る。オムレツにトマトケチャップで文字が書いてある。

「……静かにしろ、ですって?」
「そういうことさ」

アルファベットが三つ四つ並び、稚拙な擬音語が書かれている。ウェイターは男に目配せをして、にやりと笑って立ち去った。

「つまり、だな」

男が身を乗り出す。

「俺の味方が君の生活圏にいるってことだな。この店に限らず、あちこちに、普通の店員なんかにまぎれてるんだ」
「あら、そう」
「もし君が俺の不利になるようなことを密告するつもりなら、せめて町を出て行く覚悟は必要だってことだ」
「なるほど、素敵ね」

私のふてぶてしいような態度が気にいらないのか、男が机の上で握りこぶしを固める。私はそれを見て、軽いため息をつく。

「生まれてこのかた、町を出たことなんてないし考えもしなかったわ」
「そうかい、じゃ」
「あんたのことなんてどうでもいいのよ」

男が眉をぴくつかせる。私は、どこを見るとなく店を見渡し、指を鳴らす。それに合わせて、店の中にいた客が席を立つ。二十の二人掛け丸机、およそ四十人の客が一斉に席を立ち、黙って私たちを見つめる。カウンターキッチンの向こうでは、シェフや何人かのウェイターも、直立不動で私たちを見つめている。男の仲間らしきウェイターだけが、驚きふためいて周囲を見渡している。向かいの席の男も同じだった。

「知らないかも知れないけど、私、ちょっと名の知れたやくざ者の娘なのよ。あんたより面倒なのに狙われることがしょっちゅうで、四六時中こうやって護衛がついて回ってるのよ。鬱陶しいったらありゃしない、おかげで自由もないし町も出て行けない」

男は、茫然と私を見つめる。徐々に顔から血の気が引いていく。

「どうせならさらってくれるかと思ったのに、がっかりだわ」

静かに直立する客たちと店員たち。一人のウェイターが、新しいオムレツを運んで来る。トマトケチャップで父親からのメッセージ、いつも見守っているよ、と書かれたオムレツ。

Fin.

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