monologue : Same Old Story.

Same Old Story

掃除人

「さて、困ったな……」

男は向こうを向いてつぶやいたきり、しばらく考え込んでいた。僕は、困ったのはどちらかといえば自分の方だと、声に出せぬまま悪態をついていた。男が切り出す。

「なあ、お前今いくつだ?」
「いくつ?」
「歳だよ。二十歳かそこらか?」
「二十一です」

そうか、困ったな、ともう一度男がつぶやく。彼にとって僕の歳がそれほど問題の種だとは思えないが、色々と思うところがあるのだろう。僕は後ろ手に両手を縛られたまま、座り込んだ床の冷たさを感じながら、男の考えていることが何かを努めて前向きに創造しようとしていた。

「もう一度確認する、正直に答えろよ」
「はい」
「お前は、本当にただの清掃員なんだな?」
「そうです」
「俺がまだこの部屋を使ってることは知らなかった」
「部屋使用済みの通知があったので、通常業務で来ました」

小さくため息をつく。

「その通知を知ってる他のやつは」
「当直の清掃員があと二人」
「お前がまだ戻ってこないことを不思議に思ってると思うか?」
「さあ、あと十分くらいは」
「……今日はここで何を見た」
「血まみれの浴室と」
「やめだ」

男が手を振り遮る。ここでうまくはぐらかしておけば見逃してもらえただろうか、と、僕は自分の失敗に気付く。

「馬鹿正直だって困りものだな」

男も、僕と同じくらいに頭を悩ませているようだった。僕は今夜、都心部から少し離れたラブホテルで清掃員のバイトをしていた。客が帰った後の室内を片付ける仕事で、この部屋にも通常業務で来ただけのことだった。ただ、部屋の中にはこの男が残っていて、彼がいた浴室は一面血まみれになっていた。誰かの遺体があったわけではないけれど、ついさっきまであったのかも知れないし、どう見ても事件現場ではあった。男は僕に気付くと手早く僕を取り押さえて、そこから尋問が始まった。

「どうしたものかな……お前がもう少し利口に黙っててくれるんなら、すぐに帰してもと思ったんだが」
「……誰かにしゃべるつもりは、ないんですけど」
「ふいに、ってこともあるしな。堅気の若い男に手を出したくもないが……」
「あなたは、そういう、何か、プロみたいなものなんですか?」

男が僕に顔を寄せ、鋭い眼光でにらみつける。

「俺がお前を帰すのに迷うのは、その落ち着きが安心できないからでもある」
「はあ……」
「殺人事件現場だったとしたら、もうちょっとうろたえると思うがどうだ」
「ちょっとよくわかりません」

男はもう一度向こうを向いて、頭を掻きながらつぶやく。

「さて、困ったな……掃除人には掃除人らしく、俺にだって色々なつてがある」
「はあ……」
「お前一人いなくなってもどうとでもできるが、さて、そうしたものかどうか……」

男のつぶやきが終わらないうちに、僕はこっそり縛られていた両手をすり抜け、清掃用のブラシをつかみとって男の後頭部へ叩きつける。男は咄嗟に頭をかばったが、僕は何度も男の頭へ叩きつけて、やがて彼は意識を失って床に崩れ落ちた。

「こんな夜にとんだ災難だったね、全く。とりあえずひとつは悩みの種が消えた」

自分の安全を確保できた安堵と、お互いへ無駄に降りかかった災難を思ってため息をつく。

「もうひとつ悩みの種は増えたけど。あんたが使う掃除人のつては、清掃員の僕には使えるのかな」

できれば男が始末した誰かのように、僕もこの男を始末してみたい。ラブホテルで清掃員のバイトをするよりは、羽振りのいい収入が得られたりはしないだろうか?

Fin.

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